「アラブラブストーリー(2)」(2024年06月25日)

そのころ、カイスと父の旅は9カ月目に入っており、ふたりはダマシッ、イェルサレム、
ヒムス、ハラブ、アンタキヤ、イラク、コエファを経てバスラに達していた。それまでラ
イラへの慕情を抑えることに努めてきたカイスの心もついにそこで限界に達したのだ。か
れはどうしてよいか分からず、終日沈鬱な顔で黙りこくるようになった。息子のそんな様
子に心配しない父親はいない。カイスはついに、自分がどれほどライラを愛しているかと
いうことを打ち明けた。父はすぐに故郷へ帰ることを決め、戻ったら早急に結婚を申し込
むと息子に約束した。

ネジュッに戻るとアルムラウワはアルマッディに、ライラを嫁に欲しいと申し込んだ。サ
アッと張り合うための1千ディナールはないが、結納はラクダ百頭を用意した。しかしア
ルマッディの家ではライラとサアッの結婚式の準備が進められており、アルマッディはア
ルムラウワの申し出を冷たく拒否したのだ。それからほどなく、サアッとライラの結婚式
が大々的に催されたのである。

カイスの心は張り裂け、絶望がかれを包み込み、かれは病に落ちた。両親は名医を招いて
病を治そうと努めたものの、すぐに回復するような病ではなかった。それでも若さが着実
にカイスを病から回復させた。ところが体調は良くなったというのに、かれの精神は回復
しなかった。カイスは自分の中に閉じこもってしまったのだ。誰とも会話しようとせず、
誰もいない時に独り言を言う。町中の者がカイスを精神異常者と見なした。「カイスはマ
ジュヌンだぞ。」


サアッ ビン ムニフの妻になったライラはどうなっただろうか?ライラは自分の運命に従
った。サアッの妻の役割をライラは果たした。だがライラの心の中には常にカイスがいた。
「わたしの身柄は夫のもの。でもわたしの心まで夫のものにはならない。この世でわたし
とカイスが結ばれなくても、わたしたちはきっとあの世で永遠の夫婦になるのよ。」

そのうちにライラも病に落ち、高熱にうなされてカイスの名前を呼び続けた。国中の名医
もライラを回復させることができなかった。世を去る運命がはっきりしたとき、カイスが
ライラの病床に呼ばれた。カイスの呼び声に意識を取り戻したライラはカイスの手を握り、
「わたしたちはあの世で幸せになりましょう」と言って永遠の未来に旅立って行った。

カイスにとっては愛する人との久方ぶりの再会がその臨終の床だったのだ。それがカイス
の心を粉砕してしまった。

ライラの葬儀が営まれ、墓が建てられた。ライラの夫、サアッ ビン ムニフはライラが亡
くなったあと、ネジュッを去った。そして死者の噂も世間に流れなくなったころ、ライラ
の墓の傍に一日中座り込んでいるカイスの姿があった。それを目にした者が何人もいたが、
たいした町の噂にはならなかった。「なあに、あいつはマジュヌンなんだから。」


カイスが死んだ。遺族はカイスの墓をライラの墓の隣に作った。それからおよそ10年が
経過したころ、旅人がふたりの墓に詣でた。そのとき、それぞれの墓の地面から一本の竹
が上に伸びて互いに葉をからみつかせているありさまを旅人は目の当たりにした。ライラ
とマジュヌンの話はこうして人口に膾炙するようになった。[ 続く ]