「世界を揺さぶったスパイス(46)」(2024年06月28日) 【クムニャン(安息香)】 北スマトラ州の北タパヌリ地方や中部タパヌリ地方で穫れるkemenyanは、カプルと一緒に バルス港からアラブ・ペルシャ・インドや中国などあちこちに船積みされていた。クムニ ャンの木から採れる芳香性の樹脂が一般にクムニャンと呼ばれているスパイスだ。英語で はbenzoinまたはbenjaminという名称で呼ばれる。この樹脂は香水や薫香の素材、あるい は薬剤に使われていて、医薬品・化粧品・タバコなどの製造業界で必須素材のひとつにな っている。また調薬や宗教儀式でも欠かせない物品のひとつになっている。 クムニャンの木は標高900〜1,200メートル、気温28〜30℃の山地に生える。 生える場所は最高傾斜度25度で、酸性度5.5〜6.5度のラトソルや赤黄色ポドゾル 性土壌の土地だ。寿命は百歳を超えることができる。世界にクムニャンは20種あるが、 スマトラではkemenyan durame (styrax benzoine)とkemenyan toba (styrax sumatrana) が有力で、ドゥラメのほうがトバよりも樹脂を作り始めるのが早い。ドゥラメは6〜7年 で黒色がかった樹脂を生産し始める。トバの方は10〜13年で白っぽい樹脂を作るよう になる。 クムニャンにはゴムの木のような樹液受けが不要だ。幹に傷をつけると白い樹脂が滲み出 てきて木の表皮に付着する。穫り入れの方法は3カ月後に表皮にこびりついた樹脂をこそ げ落すようにして採集するのである。 クムニャンの木の幹には何本も樹脂採取のための傷が付けられる。タパヌリ地方では、巨 木に何本も傷が入っていたり、中には幹が傷だらけになっているものがあれば、それがク ムニャンの木だということがすぐに判る。 その昔、クムニャン農民が木に傷を付ける作業を行なうとき、作業開始前に簡単な儀式が 行われていたそうだ。まず家で米粉・グラメラ・ヤシの果肉フレークを混ぜたクエイタッ ググルを作って現場に持参する。そしてこれから傷を付けようという木を前にしてそのク エを口の中で噛み、木の幹に吹きかけるのである。 傷付けた幹に最初にできる樹脂がsidukabiとかmata zam-zamと呼ばれるもので、もっとも 高い値段で売れる。最初のシドゥカビを収穫したあと、その場所に次の樹脂がたまる。こ れはjalurとかjururと呼ばれていて、やはり2〜3カ月後に収穫する。ジャルルを採ると、 またその場所に樹脂がたまる。これはtahirという名前の、価格がもっとも安いものだ。 何番採りかということが色から判断できる。先にできる樹脂は白っぽく、後になるほど色 が黒っぽさを増すのである。 木から採れる樹脂なのだから、大きさは一定していない。大きな塊と砂のように細かい粒 子が混じり合う。市場ではそのサイズが7種類に分けられている。mata kasar, kacang, jagung, besar, pasir kasar, pasir halus, abuというカテゴリー名称で、マタカサルが もっとも高価格だ。アブというのはクムニャンの木の皮を粉砕したものらしい。それもク ムニャンとして売られているものの、値段は一番廉い。 生産者農民を回って集荷して来る仲買人がその7種の分別を行っている。仲買人の作業場 では、商品が到着すると女性たちが雇われて全部が混在している中からそれぞれのカテゴ リーに該当するものを拾い出す。 タパヌリ地方のキリスト教化がなされる前、クムニャンは大自然を崇拝するバタッ人の種 族的宗教祭祀に使われていた。何千年もの間、かれらが崇めるそのアニミズムを彩って来 たのだ。焚かれた香の煙が高所に立ち昇って行くとき、それはかれらの祈りを象徴するも のになり、祈りの視覚化がそこに起こった。 ジャワをはじめ世界のあちこちで、良い香りは霊魂を呼ぶと信じられていた。それがさら に発展したのだろうか、良い香りは悪霊を遠ざけるという観念も起こった。香りは魔術的 なセンセーションを引き起こす。その関連からかもしれない。中部ジャワ地方では村落部 の老齢者の中に、タバコにクムニャンの粉を混ぜて吸うひとたちがいる。[ 続く ]