「世界を揺さぶったスパイス(54)」(2024年07月10日)

【ダマル】
東南アジア産のフタバガキ科の樹木から採れる樹脂。英語ではdammar gumと呼ばれている
一方、インドネシア語あるいは元来のムラユ語ではdamarという言葉になっていて、普通
「樹木のヤニ」あるいは「樹脂で作ったたいまつなどの灯り」を一般的に指す単語として
使われているため、その樹脂が得られた樹の種類を特定できないことが多い。本項では英
語のダンマーガムの意味で使うことにする。

英語でホワイトメランティと呼ばれているShorea javanicaはインドネシアでdamar mata- 
kucingという名を与えられている。この樹脂はニス・ペンキ・パテ・薫香・インク・化粧
品・医薬品・食品などさまざまな用途に使われている。インドネシアで昔ヒットした、キ
ラキラ輝く飴に含有されて輝きを生んでいたのもダマルなのである。

インドネシアのダマル産地としてまず最初に思い浮かべられる地名はランプン州西ランプ
ン県クルイ郡だ。いや、それは量に関してということだけでなく、質に関しても同じこと
が言える。クルイ産ダマルを上回るクオリティはヌサンタラの他のどの地方からも得られ
ない。


「クルイ産ダマル」の名は、何百年も前からクルイ商人たちがシンガポール・台湾・イン
ド・マダガスカルの大手取扱業者と手を組んで以来、世界市場に響きわたるようになった。
高品質のダマルを求めるひとびとはクルイという言葉を品質基準の代名詞として使ってい
る。

米国で天然ダンマーガムの代替品として化学合成品が製造されるようになり、ニス・ペン
キ・化粧品・食品などの産業で合成品が天然品の需要を埋めるようになった今でも、天然
ダマルに愛着を抱いている製造業界者はまだまだ存在している。

アラブでは衣服に付着させる香りをクルイのダマルに求めるひとが多い。ただ残念なこと
に、アラブ人の常識ではクルイのダマルが「インドのダマル」にされているのだ。昔から
の通商ルートではクルイのダマルがまずインドの市場に入り、優良品質のダマルを求める
世界各国からの需要がインドで満たされることが一般的だったからだ。

1998年にアチェ産のダマルがシンガポールに40トン、バングラデシュに112トン
輸出されたことがある。アチェにとってダマル輸出は初めてのことだった。それまでは国
内消費がもっぱらで、用途のメインは木造船の船体にできた穴を埋めるための接着材だっ
た。輸出者は輸出先で同じような用途に使われるのではないかと語っている。ダマルは接
着力がたいへん強く、木造船の穴や洞を埋める資材を船体に接着させるのに最適なものな
のだそうだ。


クルイのダマル農民は毎日ダマル林に入って木の世話をし、樹脂を集める。熱心に仕事を
するかぎり、かれらは一日50から100キログラムの樹脂を収穫することができる。集
めた樹脂は仲買人が買ってくれる。しかしダマル林と部落の間のどこかで、仲買人を通常
の仕事にしていない人間がダマル農民の帰り道を遮って樹脂を買い取り、それを仲買人に
売るようなことをする者もいる。農民の帰り道を遮ってそんなことをするために、かれら
はpenghadangと呼ばれている。2005年のコンパス紙記事は仲買人が樹脂を1キロ当た
り3千8百ルピア前後で買ってくれると述べている。

仲買人は買い上げた樹脂をサイズやクオリティに従って選別し、それをキロ当たり4千ル
ピアで大手仲買人に売る。大手仲買人はジャカルタの流通業者や輸出業者に品物を流す。
輸出業者は良質の樹脂をキロ9千から1万ルピアで輸出している。クルイのダマル農民の
暮らしはそんな流通ルートに支えられているのだ。いや、ダマル農民だけでない。オート
バイでダマルを運ぶ運送者はキログラム当たり70ルピアの報酬をもらう。広いダマル林
を持つオーナーは作業者に樹脂を採取させるから、作業者はキログラム当たり1千ルピア
の報酬を得ている。クルイの住民の半分以上が、ダマルが生み出す経済に関わっているの
だ。[ 続く ]