「世界を揺さぶったスパイス(55)」(2024年07月11日) クルイのダマル農民は自分の管理する森林にダマルの木を植えてダマル林を作って来た。 その林を地元民はrepongと呼んでいる。そこには普通、ドゥリアン・プテ・ドゥク・ガハ ルなどの樹が一緒に植えられて森林になっている。遠い先祖から代々育成されてきたレポ ンを子孫は大切に手入れし、自分たちの生計の源泉にしているのだ。 ダマルの木が農民に生活のための資金をもたらしてきた。かれらの親はかれらがまだ子供 のころによくこんな話をした。 「子供の学校の費用のような、金が必要なことができたら、ダマルの木にその話をしろ。」 するとニ〜三週間後にダマルの木はその話に答えてくれるのだ。出る樹脂の量を増やして。 そして昔はその増量分で必要な臨時支出をまかなうことができた。 しかし他のたいていの森林資源と同じように、ダマルの採集者価格も低下の一途をたどっ ている。価格相場次第ということになるといえども、昔の天然スパイス採集者は世間並み を超える豊かな生活を享受していた。しかしそんな時代はもう過去のものになってしまっ た。中には日常生活の資金すら潤沢さを欠いている採集者がいる。 早く金になることを望む者たちは、ダマルが熟成して品質を高め、より良い単価で仲買人 が買うようになるまで待つことができない。ダマルが樹の表皮に溜まりはじめたころは、 含有水分が多く、黄色っぽい色をしている。それが一ヵ月経過すると、硬く透明で白っぽ い輝きを放つ、乾燥した高品質のダマルになる。それを市場ではdamar mata kucingと呼 んでいる。一方、低品質のダマルはdamar batuと呼ばれるもので、透明でなくてまず例外 なく茶色や黄色の色が付いている。 猫目ダマルであれば仲買人は相場の2割ほど高い価格で採集者から買う。 かれらの祖先が作り出したダマル農業の作法に、自分の森林を四等分する原則がある。そ れぞれの区画で一週間ダマル採集活動を行なうのだ。最初のラウンドに各区画で得られた ダマルは玉石混交だ。それを1ラウンド終えて第2ラウンドに入ったとき、それぞれの区 画に溜まっているダマルは一ヵ月を超えるものがたくさんかれを待ち受けている。 そのコンパス紙記事には、クルイ郡には175万本のダマル樹があると書かれている。そ れは推定値として2.5万トンのダマル樹脂年間生産能力があることを示している。国内 需要は1.33万トンだ。2002年にクルイ産ダマル輸出量は1.17万トンに達し、 540万米ドルの外貨を獲得した。ただし、猫目ダマルはそのうちの437トンしかなか った。多分、猫目ダマルと表示しないで、単に普通のダマルとして輸出されたものが多か ったのかもしれない。翌2003年の猫目ダマル輸出量は942トンに激増しているのだ から。 クルイのダマル農民にダマル樹脂からニスを作る簡便な方法をボゴール林産技術開発研究 センターが指導した。その方法では、わずか1時間程度で良質のニスが生産される。ダマ ル採集で代々暮らして来たひとびとの間に、ダマルによる伝統的な暮らしを続ける希望は まだ残されている。ところが一部のダマル農民の子孫たちの間に、生き方を変えるひとび とが目立ち始めた。 テレビを買い、パラボラを取り付け、オートバイを2台3台、更に必要に応じて四輪車ま で持つ家庭が増えている。その資金は何で作ったのか?かれらはまだ生産性を備えている ダマル樹を伐採し、木材にして売ったのだ。その跡地をミカン畑にする者もいた。果実園 にして需要の大きい果実を生産する果樹園農家への転換が進行している。 「かれらは何の怖れも罪悪感も抱いていないように見える。かれらの祖先はかれら子孫が 生きていくためのベースとしてダマルを植樹し、かれらに遺したというのに。」クルイの 長老のひとりはそう語っている。[ 続く ]