「天の蝕(9)」(2024年07月11日)

もちろん地元行政は観光産業界の現存キャパシティーを限界としていたわけでもなく、ひ
とりでも多くの外国人に皆既日蝕を見に来てもらいたいから、宿泊施設不足の発生を心配
して種々の対策を用意した。バンカブリトゥン州は海上ホテルを用意することにし、国有
客船会社PELNIの客船をブリトゥン島のタンジュンバトゥとマンガルに係留し、またブリ
トゥン島にある眺望の良いキャンプ場を観光客に提供する計画も立てた。

中部スラウェシ州ポソ市はホテルが10軒しかないことから、外国人観光客を自宅に泊め
るホームステイのホストを市民に促すキャンペーンを行っている。


短期間激増する外国人観光客への対応でもっとも厄介なのが、空の足だった。外国人観光
客の大多数がジャカルタで入国するだろうと推測されたからだ。各地方都市と外国人入国
ポイントを結ぶ国内線ルートはジャカルタがもっとも稠密であり、バリ空港は外国人入国
者数がインドネシアで一番多いにも関わらず他の地方都市に向かう国内線の便数はジャカ
ルタに比べてはるかに少ない。

国内線航空会社は「需要に応じて増便するのはまったく問題ない」と表明しているものの、
行き先空港の受入れとスカルノハッタ空港の出発のOKが得られなければ増便することは
できない。スカルノハッタ空港の過密ダイヤとも言える混雑ぶりから、その確答を得るの
は期待薄と思われた。


そんな中で東ハルマヘラ県マバの町が最長の皆既日蝕持続時間を与えられたというのに、
このツーリズムボナンザから取り残されてしまったのである。マバの町にはホテルが4軒
しかなく、客室数はたったの50。ところがマバへ行きたいと言う外国人観光客が米国N
ASA職員やフランス人などを含めて、2月初で既に2百人もいた。

ホテルはブリの町にもあるが、71キロも離れている。空港があるのはブリの町で、そこ
へ空の旅をしようとすればジャカルタからテルナーテに飛び、テルナーテから72人乗り
の小さい旅客機でブリへ向かうことになる。一日一便しかないそのフライトは3月6〜8
日のチケットがひと月前に既に完売されていた。

空のルートが使えなければ海と陸を超えることになる。まずテルナーテから高速艇が45
分間でソフィフィまで運んでくれる。問題はそこから始まる陸路だ。くねくねと曲がった
穴だらけの道をマバまで、車をチャーターして271キロ走破しなければならない。

マバの町のもうひとつのウイークポイントは通信で、移動体通信網のインフラ建設が不十
分なこの地方では、突然通信量が激増すればパンクする懸念が小さくない。


中央統計庁の公式統計によれば、2016年3月の全国19カ所の入国ポイントを通過し
た外国人の総数は89.2万人で、2月の86.3万人を3.4%上回った。日蝕観測ツ
アーがこの増加の一要因になったことは十分に推測できる。

中でもスカルノハッタ空港の外国人入国者数が2月の16.4万人から20.3万人に対
前月比で23.3%も増加しており、一方バリ島のグラライ空港が2月の36.7万人か
ら35.5万人に3.3%低下したのは3月9日がニュピだったために387便が欠航し
たのが原因と推測されている。

この日蝕のおかげで3万人という外国人入国者の増加がインドネシアに起こったと結論付
けて良いだろう。その3万人が5日間滞在し、ひとり一日1千米ドルの金をインドネシア
に落としたと仮定するなら、計算上で1.5億米ドルの外貨収入をインドネシアはその月
に上乗せできたことになる。[ 続く ]