「世界を揺さぶったスパイス(56)」(2024年07月12日)

【ガハル(沈香)】
Aquilaria属の樹種の中に、微生物が体内に侵入すると防衛反応が起こって幹の組織内に
樹脂を作るものがある。もしも樹の方が微生物に負けてしまうと、樹は腐る。その樹脂が
芳香を持っているために、防衛反応を起こした部分が昔から香木として珍重されてきた。
インドネシアにはそんな樹種が6つある。A beccariana、A cumingiana、A microcarpa、
A hirta、A malaccensis、A filariaがそれだ。それらは昔からヌサンタラでgaharuとい
う名前で呼ばれてきた。ヌサンタラのガハルは2千年前から既にインド・ペルシャ・アラ
ブ・東アフリカにまで伝わっていたという話も語られている。

アクイラリアはもっとさまざまな樹種が東南アジア海洋部や大陸部、またインドなどに生
えている。香木としてのサンスクリット語の名称がagaru/aguruだそうだから、インドネ
シア語のガハルは長い歴史の中で音位転換が起こった結果だったのかもしれない。

樹の組織内にできた樹脂は長期間放置するほど質が向上するので、ニ三年間採取しないで
置いておくのが良いと業界者は勧めている。樹のその部分が時に木目組織のまったく見え
ない黒色の塊になり、素晴らしい香りを放つものになることがある。インドネシアでそれ
はgubal(塊)と呼ばれており、グバルガハルはガハルの中の最高級品質で最高価の商品に
なっている。


自然林の中に生えたガハルの樹は高さが30〜40メートルに達し、幹の直径は60〜7
0センチになる。スパイスになるガハルは幹や枝にできる。たいていのガハル採集者は芳
香部位だけを採ろうとせず、樹の幹を切り倒してしまう。樹の組織が芳香を放つのだから、
結局は樹を切り倒し、樹を割って中の芳香を放つ部位を取り出すことになるわけだが、採
集者はその樹に最大限の生産を行わせてから伐採するという計算などすることなく、見つ
けた樹を即座に伐り倒してしまうから、結局は乱伐を作り出しているようなものだ。公共
林で複数の人間が採集するためにそんな余裕など持てるはずもなく、他人より先に自分が
手に入れようとして情け容赦もなく伐採されることになるのだろう。

ヌサンタラでガハルはカリマンタン・スマトラ・スラウェシ・ヌサトゥンガラ・パプアあ
るいはジャワなどで収穫されていると書かれているものの、それらの島々の産地と称えら
れていた地方で乱伐のために樹の数が激減すると、これまで目の付けられていなかったそ
の周囲の地方に採集者たちが移り、そこでもあまり樹が残っていないという声が大きくな
ってから、やっと植樹という動きが開始された。

その推移に関しても、昔はある程度の数の採集者が自然の維持を常に考慮して活動を行っ
ていたところ、半ば素人の採集者が増加して乱伐が始まったために旧来の産地で樹の減少
が加速度的に進行し、その勢いが周辺地域まで総ナメにしてしまったと森林管理行政筋は
語っている。半素人と言うのは、ガハルの樹の内部に樹脂ができているのかいないのかを
外見から見分ける能力を持っていない者を指している。必然的にかれらはまず樹を伐採し、
それを割って中を調べ、外れたら次の木を伐り倒しに行くということをするわけだ。

西暦2000年前後の時期に、リアウ州では3千本、東カリマンタン州では1万5千本の
ガハル樹が1年間に伐採されている。[ 続く ]