「天の蝕(11)」(2024年07月15日)

空港海港をはじめ、航空機や鉄道あるいは客船の運行はすべて平常通りに行われたが、市
内バスやタクシーなど町中の交通機関は地元行政の命令によって皆既日蝕ピーク時の間運
行が止まった都市も少なくなかった。ホテルやレストラン、あるいは飲食店も平常通り営
業したものの、日蝕ピーク時の数分間だけ、ゴーストタウンになった都市もあった。

政府が現代科学を教育して国民の知的レベルを向上させるべき国民に神話伝説への信仰を
深めさせるような指導を与えた結果ジャワ島に人間のナンセンスな行為があふれたのは、
国民が選んだ政府でなかったことが根底にあったのではないかという気がする。


1983年にオルバ政府は国民に対して皆既日蝕に関連する次のような指導を与えた。
*2月3日 保健省発表 失明が起こりうるので、国民は日蝕を裸眼で目視しないように
注意すること。見たい者はTVRIの実況中継を見るように。

*3月3日 保健省は日蝕観測用眼鏡の輸入申請に不承認の判断を下した。太陽光の危険
から目を保護することのできるツールがまだ存在していないというのが理由。

*3月9日 日蝕国民コミティ副委員長が、政府が国民に与えた「日蝕発生時に屋外に出
たり戸口に立つのを禁ずる方針」に遺憾を表明。日蝕が普通の自然現象であるという科学
的知識を政府は国民に教育しようとしていないと発言。

*4月12日 インドネシア科学院長が国民に対し、日蝕の裸眼による目視をしてはいけ
ないと再警告。

*4月13日 保健省が小学生に対し、日蝕をついそのままの目で見てしまうだろうから、
家の外で遊ばないようにしなさい、と指導。
バンドンの一私企業が月蝕観測メガネを東ジャワ州民に配布するためにリコメンデーショ
ンを州政府に求めたところ、州知事が拒否。

*5月15日 失明を防ぐために日蝕の目視を禁止する政府の指導を全国民に徹底させる
ようにとスハルト大統領がハルモコ情報相に下命。情報省は『皆既日蝕を迎えて』と題す
る小冊子を制作して諸方面に配布した。その冊子には「政府の禁令は厳禁事項であり、皆
既日蝕が持続する間、クントガンを打ち鳴らすように」と命ずる内容が記されている。

*5月29日 中部ジャワ州ボヨラリ県令が県内プンギン地区の公衆水浴場を6月11日
は閉鎖すると発表。プアサ月前に行われる慣習のひとつである公衆水浴をその日県民に行
わせないようにするため。

*6月3日 情報省中部ジャワ州地方事務所長が州民に対して「日蝕発生時に外を走る自
動車はフィルムを貼って窓ガラスを暗くするように。」という指示を新聞に発表。
中部ジャワ州カランアニャル県庁が県民に「家屋に使われているガラス瓦と窓ガラスから
日蝕の光が屋内に入ると失明するので、光を完全に遮るようにしなければならない。」と
いう警告を発表。

*6月10日 ハルモコ情報相がジャカルタで記者会見を行い、国民に対する政府の禁令
を再警告した。「視力を損なったり失明するのを防ぐために国民は日蝕を絶対に目視して
はならない。見たい者はテレビの実況中継を見るように。」

*6月11日 ジャワ島の村々では朝から治安要員が住民の家を一軒一軒訪れ、窓・ガラ
ス瓦・通風孔など屋内に光が入る場所をすべて塞ぐよう指示して回った。小さい子供がい
る家は、子供を机の下やタンスの中に隠すよう命じた。小さい子供ほど日蝕の光は危険な
のだそうだ。インドネシア国営テレビ局TVRIは中部ジャワのボロブドゥル寺院にテレ
ビカメラを据えて実況中継を全国に流した。治安要員はテレビ放送で日蝕を見るのはかま
わないと言った。[ 続く ]