「天の蝕(13)」(2024年07月17日)

オルバ政権の中枢に陣取っていたバタラカラがその姿を現したのが1983年の皆既日蝕
だったとグス ドゥルは語っているようだ。政治のアートが科学を振り回したできごとが
それだったと言えよう。あのときインドネシア国民が自然科学知識の面から愚かな行動を
示したことについて、そこだけを見るのでなくて別の面にあった愚かさがあの振舞いを起
こさせたのだということが理解されるべきポイントであるとかれは指摘しているように思
われる。局部的な現象だけを見て底の浅い評価を下し、それに基づいて異民族を見下そう
とする人間にとっての鏡に、それはなっているような気がしないでもない。


Asal Babe Senang精神は動物園の中にまで入り込み、全国各地の動物園の中には飼育動物
の目に眼帯をかけた所もあった。当然飼育係は、皆既日蝕発生時に異変が起こっていない
かをチェックするために園内を見回ったのではないだろうか?自分の目は塞がないで。

2016年の皆既日蝕では、各地の動物園に学術グループが動物の生態の変化を観察した
いと申し入れて、活発な研究活動が全国的に行われた。南ジャカルタ市ラグナン動物園で
は7時半ごろ始まった部分蝕が半時間ほど継続し、日射量の急変と重力磁力の異常が一部
の動物の行動に変化を促した。霊長類の檻が集まっているエリアでは、シアマンが互いに
顔を見合わせて体を動かし、異変を知らせ合っている様子が見られた。飼育係は普段その
時間帯にシアマンはゆったり落ち着いた様子を示すのが普通だと語っているが、そのとき
かれらはあかたも異変を感じ取ったかのように落ち着きのない様子になっていた。一方、
ルトゥンやオワはねぐらに戻って一睡をする態勢に入った。

他の場所でもライオンやヒョウが同じような行動をし、ねぐらに入って眠り直す様子を見
せた。鳥類ではペリカン、ワシ、カスアリに動きを止める傾向が見られた。1983年の
日蝕の時を覚えている関係者は、あのときも観測を行った研究者がいたのだが、公的な記
録は一切発表されなかったと語った。


北ジャカルタ市アンチョルのオーシャンドリームでは高い知能を持つと言われているイル
カの観察が行われた。4頭のハンドウイルカは午前5時40分ごろから動きを活発化させ、
水上にジャンプしたり水を噴出させたり声を出したりした。ところがいざ日蝕が始まると
動きは緩慢になり、2頭は水底に降りてじっとしたままになり、他の2頭も動きを休めて
いる。部分蝕のピーク時には全員がほとんど動きを止めていた。ただ、ときどきゆっくり
と泳いで水面上に頭を出し、水の外の状況を観察する様子も研究者は目にしている。イル
カ自身がそのようにして外界で起こっている異変を見極めようとしているのだろうとかれ
は解釈した。

インドネシア科学院チビノンサイエンスセンターでは哺乳類・鳥類・爬虫類の観察が午前
5時半から8時まで行われた。観察対象動物の中には夜行性と昼行性の動物が混在してい
る。夜行性動物の中ではクカンが一番落ち着きのない動きを見せた。朝になって眠ったに
もかかわらず、ほんのしばらくして日射量が激減するとまた起き出して餌探しに動き出し、
木に登ってきょろきょろと周囲を見回した。ところが蝕のピークを越えて日射量が増加し
始めると、明るさを避けて樹の下に隠れ、動かなくなった。

ところが昼行性のヤマアラシ、オオリス、フクロモモンガなどは日射量が減少し始めてか
らまた復活していく間中、特に何の変化をも示さなかった。蝕が起ころうが起こるまいが、
かれらの日中の活動にはまったく何の影響も及ばないということらしい。

鳥類の中にも影響を受けやすいものと変化を示さないものがあった。おうむは昼間みんな
活発に飛び回る習性を蝕の間中も続けた。ところがマルク原産のシロビタイムジオウムは
日射量が低下しきったとき、仲間同士で一カ所に集まってあまり動かなくなった。パラキ
ートは再び睡眠状態に入った。爬虫類はいずれも普段と同じような活動の様子を示した。

観察者が記録した気象条件は、ジャカルタの部分日蝕開始前の気温は25℃、日蝕ピーク
時は24℃、湿度は開始前81%、ピーク時91%となっていた。[ 続く ]