「言語の論理と意味の伝達(5)」(2024年07月19日)

ライター: アッマジャヤ大学言語学教授、バンバン・カスワンティ・プルウォ
ソース: 2017年3月18日付けコンパス紙 "Bahasa Lepas Konteks" 

意味を知らない単語に出会ったら、解決方法がある。辞書を開け。たとえばマラ・ルスリ
の小説La Hamiの中の一文「terdengar olehku suara anak mengeak」にあるmengeakとい
う単語。バドゥドゥ=ザインの辞書(1994)には、ngeakはミナン語に由来していて、その
意味はsuara bayi yang baru lahirと記されている。

文の意味についてはどうだろうか?文の意味を解説している辞書はない。言語の世界で文
は無限にあるのだから辞書を作るのは不可能だ。一方、語彙は時代の推移にしたがって続
々と作り出されているとはいえ本質的に有限なものなのであり、その数をカウントするこ
とが必ずできる。

時代のもたらす変化の中で、母語者が使わなくなって死滅する語彙があったり、それがま
た復活したりすることもある。たとえばmobil rakitan Indonesiaのrakitという語。19
70年代末にそれはassemblingに対応するインドネシア語として使われるようになった。
そのころ、sophisticatedに対応するcanggihの語はまだ存在しなかった。ましてやgadget
の対応語としてのgawaiにおいておや。ガジェットを意味するガワイが流通するようにな
ったのはごく最近のことだ。

文と異なって、語彙の発展は時代の進展に合わせてその数を増やし、KBBI第4版に収
録された語彙数90,049項は昨年の青年の誓い記念日に出されたKBBI第5版で127,036
項に増加した。


文を解説する辞典が作られなくとも、文中に使われている語彙の意味が理解できれば文の
意味を捉えることができる。とはいえ、文意ということがらについてはそう簡単にいくも
のではない。なぜなら、辞書の中に解説されている単語の語義がひとつとはかぎらないか
らだ。この現象はポリセミ(多義性)と呼ばれている。

KBBIはmukaという語彙に8つの語義を記している。しかし語義がそんなにたくさんあ
る場合、mukaの語が文中に使われたときにどの語義が該当しているのかを探るだけで頭が
痛くなりはしないだろうか?いや、その心配は無用だ。どうやらひとつの語彙が他の語彙
と組み合わされて使われる場合、語義はその中のひとつに収束する傾向を持っているよう
だ。例をあげよう。

membasuh mukaとberdiri di muka rumahでは、mukaの意味が明白に異なっている。そして
daratan di muka bumiの場合はまた違う意味になっている。

語彙だけがたくさん意味を持つことができるのではない。文も多義性を持つことがあるし、
文脈から切り離してしまえばその可能性はもっと高まる。数人にある一文を与え、それぞ
れにその文意を尋ねたら、その答えはさまざまな内容になる。

バンバン・カスワンティの2017年3月8日のフェイスブックに「この文の意味は何か」
という質問を添えてAku bangkit menerimanya.という一文を流したところ、大勢が自分の
イマジネーションと想像力を駆使してさまざまな文脈をこしらえてくれた。-nyaは次のよ
うなものに意味付けられた。sesuatuやhadiah、あるいはpenghargaan, hasil ulangan 
(di kelas), obat (di apotek), minuman herbal, surat pemecatan tugas, perintah 
atasan, tantangan, kenyataan, lamaran (dari kekasih), vonis terkena kanker, 
kejadian pahit, apa adanya。

menerimaにもいろいろな心情の味付けがなされた。dengan terpaksa, dengan positif, 
ikhlas, kecewa (karena terluka hati), legawa (lapang dada), pasrah。bangkitとい
う行為の様子もさまざまだ。dudukから、tiduranから、kegagalanやketerpurukanから、
種々の位置や状態から起き上がり、あるいは立ち上がっている。

中には、その文は翻訳小説から抜き出したものではないかと推量するひともいた。そんな
ことはなくて、これはブル・ラスアント著の純然たるインドネシア語作品Tuyet: Kisah 
dari Negeri Perang(Gramedia 1978)中の一文だ。akuなる主人公がインドシナで行った
アドベンチャーの旅の物語である。これがその文脈だ。
Pada saat itu tiba-tiba telepon berdering. Aku bangkit menerimanya. Ternyata Thi 
yang berbicara di ujung sana. Dia menanyakan kabarku dan kapan aku bisa mulai 
mengajar kembali. (Tuyet, 97)