「印尼華人の実像(9)」(2024年07月29日) オランダ東インドで商売して財を蓄えたアラブ人も少なくないが、どれほどその財を東イ ンドの地に還元しているだろうか。かれらの多くはその財をアラブに持ち帰って故郷に錦 を飾っている。東インド在留華人の生き方とはだいぶ違っているのだ。 東インドにやってきた新客華人の中に、成功者になった者も大勢いる。だがそのほとんど は東インドで暮らす子孫にかれが作った財を相続させている。東インドのあちこちの町に かれらが建てて住んでいる豪邸を見るがいい。バタヴィアばかりかジャワ島の諸都市から ジャワ島外の島々に至るまでそんな家系がほとんどであり、華人の子孫は祖先から伝えら れた財を東インドで消費しているのだ。中には代々溜まった財をさまざまな理由で使い果 たし、貧困者になった子孫さえいる。事業の失敗だけがその原因でなく、政府との賃貸借 や政府事業の関連でそんな運命に陥った者も少なくない。 自分たち華人子孫がとてもローカル化されていて、他の在留異民族のように祖国の文化を 強く維持しようとしていないのだから、文化的にプリブミとして扱われるほうが実態によ り即しているのだとプア・ケンヘッは主張しているようだ。だが東インド政庁は1942 年の最後の日までそんなことを考えもしなかったにちがいあるまい。 プアはオランダ人が華人プラナカンを差別していると強く主張した。殺人や窃盗などの犯 罪、あるいは私的抗争や密輸入のような規則違反を犯した華人はプリブミと同じ方法で取 り調べられ、罰せられる。ところがcivil lawsuitと呼ばれている債権債務問題や不返済 債務の取立て事件のようなビジネス上のできごとの場合に華人はオランダ人と同列に扱わ れ、プリブミのように債務者が牢獄に入れられるようなことはなされない。 ただしそれらの司法プロセスにおいて、プリブミに与えられる権利と義務が華人にも同じ ように与えられるわけではない。プリブミに認められている権利の量と華人のそれは、プ リブミの方がはるかに大きく、華人にはより大量の義務が要求される。 そもそも、居留地制度と通行証制度が華人により大量の義務を課しており、必然的に違反 行為をよりたくさん発生させる原因になっているではないか。プリブミがそんな違反を犯 して司法プロセスの対象になることはあり得ないのだ。 オランダ東インドに住んでいる華人プラナカンはもう中華文化から離れてしまい、中国語 の読み書きすら忘れてしまった。中華会館運動が華人プラナカンにとっての中華文化復興 を目指したとき、組織定款と基本要綱を中国語でも作ろうという考えが当然のように起こ った。ところがムラユ語で作ったものを漢字漢文の中国語版に翻訳することができる人間 が、バタヴィア広しといえどもひとりも現れなかった。 それほどプリブミと似通った生活をしている華人プラナカンがプリブミよりも冷遇されて いる事実は、たとえば借地の権利にも現れている。プリブミは国有地を耕作などの用途に 借地する権利が認められている。ところが華人プラナカンにはその権利が与えられなかっ た。華人は政府が定めた居留地の中に押し込められて、外へ出るのにがんじがらめの規則 で縛られたのである。[ 続く ]