「ムラユの大河(6)」(2024年09月03日) 農民が作ったパームの実を買い取るためにトラックが狭い道路を走るようになった。ムシ 河はこの新興ビジネスの物流面からまったく無視されている。そりゃそうだろう。伝統物 産は輸送のために河が使われたから加工場や倉庫はそれに便利な位置に設けられたものの、 河輸送が想定されなかった新興物産で無理に河を使えば、輸送経路のロスは大きくなるは ずだ。トラックが走ることなど予想もされていなかった田舎の道路は、おかげで大穴があ ちこちに開くようになった。 実は、農民の小規模パームビジネスはたいした利益をかれらにもたらしていない。という のも、パームの上質の苗は市場で10万本3千万ルピアの価格になっている。このありさ まは大規模資本大規模農園が対象にされているのが明らかだ。その結果、数十本の苗を買 いたい個人の農民が市場で巡り合うのは低品質低価格の苗ばかりになる。そんな樹を育て ても、生った実は小型低品質で採取できる油の量も少ない。 そんな悪循環のために農民のパーム油ビジネスはたいして収入をもたらさないが、それで もかれらは換金作物を絶対的に必要としている。ブームになったパーム油は、作れば仲買 人が向こうから金を持ってやってくるのだから。 その調整と指導が地元行政に求められているものの、自分の耕作地に何を植えるかは農民 の自由であり権利でもある。行政がそれを仕切れば暴政になってしまうだろう。 ムシ河を航行する大小の船はきっと膨大な数にのぼるだろう。パレンバンの市内では小さ い艀のような船を足替わりにして使っている庶民も大勢いる。それらの船は言うまでもな く、大古から地元で造られていた。オガンイリルやパレンバンの船大工たちはbungurや merantiの木で船を造った。ブグルとは国際的にラゲルストレミアと一般に呼ばれている 樹で、日本ではサルスベリに該当するらしい。ムランティは日本語でサラノキ属とされて いるが、メランティという名称で既に一般化している。例によってムラユ語の弱母音を知 らない人が翻字した誤読だ。 ブグルの材木を入手するのがたいへん困難になっていて、船造りが思うに任せないとムシ 河の船大工のひとりは語る。ブグルの樹はムシバニュアシン県スカユの民衆が植えている だけであり、他の地方では自然樹が枯渇したあと植林すらなされていない。数十年前はク マンブジャル地方で自然樹が得られていたが、それも伐り尽くされてしまった。供給源が 限られてしまったために奪い合いにならざるをえないのである。 ブグルの樹は湿地を好む。湿地から遠い場所で育ったブグルは品質が劣る。ブグルの木は 水を吸わない性質を持っているので船の基本部分に使われる。良い材木になるブグルの木 は樹齢35年超だ。 「わたしの子供たちがこの稼業を継いでも、かれらの時代にはもうブグルの材木は消滅し ているかもしれない。ムランティは船の内装に使う。ムランティは水を吸うため、船の骨 格部や外装に使うことができない。」とその船大工は述べている。しかしtaksi airと呼 ばれている小型のタクシー船はすべてムランティの木で造られている。このタクシー船は モーターボートよりも小さく、ムシ河の行きたいところに自由に客を運んでくれる。 ムランティの材木はムシバニュアシン県バユンレンチル郡が供給してきたが、量が減って いるとのことだ。ブグルもムランティもお隣のランプン州やジャンビ州でたっぷり生産さ れているものの、遠距離を輸送するために高いものにつく。製品が高くなると市場競争力 が低下するから、地元の材料を使って船を造っている競争相手がいるかぎり、他州に材料 を注文するのはなかなかむつかしい。[ 続く ]