「インドネシア語正書法(5)」(2024年09月13日) 日本という言葉はインドネシア語でジュパンと発音される一方、マレーシア語は違う言葉 になっている。マレー半島にはジップンやジュプンなどといった日本という漢字の発音が 華南語(多分福建語)を経由して入った結果、マレーシア語で日本を意味する言葉はイン ドネシアと違ってJepunとなったのだ。インドネシア語とマレーシア語が違う言葉である のを忘れてはならない。 日本の外名の書き方は世界中が/n/の音を語尾に終いているというのにインドネシア語だ けが/ng/になっているのは、ポルトガル語綴りのJapaoの語尾の音が鼻音になっていたか らだろうと思われる。同じことはフランス語でも起こり得たのではあるまいか。 オランダ語式綴り方から英語風な表記法への変更を一般庶民は「新綴り・旧綴り」という 呼び方で表現した。しかし人さまざまのインドネシアでは、Ejaan Lamaになじんだオラン ダ在住インドネシア人がいつまでも旧綴りを使っていたという話もある。しかしインドネ シアに住んでいるかぎり、生活環境がすべてひっくり返ったのだからそれに従わなければ 生活にさまざまな不都合が起こる。要は、反対者がどれほど声高に反対を叫ぼうが、世の 中を動かした側が勝ちを収めるのだということなのだろう。 そうは言っても、EYD施行から何十年も経過したというのに、社会生活の中でEYDに 合致していないものをまだまだ目にすることがある。コンパス紙の読者投書欄にそれを指 摘する声が掲載された。 2014年9月19日付けコンパス紙への投書"Jasa Marga agar Taat EYD"から 拝啓、編集部殿。自動車専用道に掲げられている行先表示板の地名の書き方が一貫してい ません。Jatibeningと書かれ、またJati Asihとも書かれています。自動車専用道は公共 空間だと言うのに、どうしてEYDの決まりに従っていないのでしょうか? EYDでは、二語で構成されている地名の表記はスペースを空けずに一語にすると決めら れています。タンジュンプリオッはTanjungpriokと書かれるのが正しい表記法だというの に、いまだにTanjung Priokと書かれている表記を公共スペース・教科書・マスメディア 記事などでしばしば目にします。 1980年代にTVRIでインドネシア語開発育成センターの故ルッマン・ハキム氏が明 瞭明晰に説明したこの問題をわたしはいまだに覚えています。地名は普通の名詞や形容詞 でなくて社会が合意した場所を示す固有名詞なのだから、一語にして普通の単語とはっき り区別しなければならないと解説されたのです。そしてこんな例文が披露されました。 Sutan Mengkuto membawa padang panjang untuk menebas semak belukar di Padangpanjang, Udin Kuriak naik bukit tinggi di perumahan Birugo Indah di Bukittinggi. ジャサマルガは政府が定めたEYDを厳守するようにお願いします。 [ ブカシ在住、ムッワルディ・ムッタル ] EYDに関連してブレ・ルダナ氏の書いた「Joss」と題するエッセイが2012年8月2 6日付のコンパス紙に掲載された。そこに書かれているのはこんな話だ。[ 続く ]