「インドネシア語正書法(9)」(2024年09月20日)

政府が国民の日常行動に関する決まりを事細かに定めると、国民は仕事が増える。いや、
自分から増やすようになると言うほうが正確かもしれない。「お上のお定め書きを守らな
い不逞の輩がいるぞ!」という声を上げる者が時折り出現するのである。窮屈さをしのい
で自分が守っているにもかかわらず守らないで済まそうとする度胸のある者が示す自由さ
への嫉妬をそれは示しているのだろうか。それとも窮屈な自分こそが正義なのだという正
義感の発露を示すものなのだろうか?


インドネシアでは、世の中の言葉に関する混乱を指摘する新聞への投書もしばしば出現し
ている。ただし、すべての国民が盲目的に、行政が定めた言語表記法を鵜?みにして使わ
なければならないと考えているわけでもない。論理的な理由があり、その方が公益に資す
ることになるという判断ができるなら、お上へのご無理ごもっとも姿勢を新聞が取らない
ケースが起こっても何ら悪いことにならないだろう。所詮は言葉の問題ではないか。

2019年6月18日付けコンパス紙への投書"EYD dan PUEBI"から
拝啓、編集部殿。わたしはEYDから2015年に開始されたPUEBIへの変更を提案
したいと思います。インドネシア語が発展から取り残されないように、言葉の発展もPU
EBIの中に反映されました。

1980年から90年代にかけての世代はEYDを熟知しています。コンパス紙を読んで
いると、使われている言葉が変なことにきっと気付くでしょう。たとえばpesonaという単
語。以前は頭字脱落が起こらないmempesonaという書き方が使われていました。しかし今
のコンパス紙はmemesonaという書き方を採用しています。このような違いをコンパス紙は
読者に知らせなければならないとわたしは思うのです。

言葉についてのコラムでそのような違いを説明し、読者の知識が増えるようにしてくださ
い。[ ジャカルタ在住、フィタ・プリヤンバダ ]


2019年6月26日付けコンパス紙への投書"Perancis atau Prancis"から
拝啓、編集部殿。わたしはもう十年以上コンパス紙を愛読しています。使われている表記
法がEYD(今はPUEBI)に合致している点がわたしは好きです。ところで、ひとつ
質問したいことがあります。フランスの綴りはPerancisあるいはPrancisのどちらが正し
いのでしょうか。

KBBIを見ると、Franchaiseを語源にするPrancisであると書かれています。コンパス
紙はどうしてPerancisの綴りを続けているのでしょうか。EYDに則した新聞として、コ
ンパス紙はきっとなんらかの理由のために古い綴りを続けているのではないかと思います。
[ ブカシ在住、ディマス・アルヨ・プトロ ]

コンパス紙からの回答
本紙はKBBIがPrancisの綴りに替える前からPerancisの綴りを使って来ました。言葉
は合意の産物であるため、綴りの変更をしないことに決めました。あなたのご注意に感謝
します。
[ 続く ]