「ムラユの大河(19)」(2024年09月23日)

取材班は水門の上流で小船をチャーターし、川を遡行してみた。川から見える両岸のあり
さまは、破壊された森林が延々と続く光景だった。丸太が川に落とされ、下流にある製材
工場がそれを拾って機械にかける。チャーターした船の船頭は、森林の伐採が大幅に減っ
てきていると語った。「もう樹があまり残っていないんです。」

更に上流に進むと、Dongfengと呼ばれるモーターボートが河岸を削っている。ドンフェン
というのは川砂を吸い込んで選別板に吐き出すポンプ機のメーカーの名前だ。そのポンプ
を積んだ小舟を地元のひとびとはドンフェンと呼んでいる。そして今や、インドネシアで
行われている、水ポンプを使う黄金採取作業の代名詞としてドンフェンという言葉が使わ
れるまでになった。しばしばムラユ語式に訛ってドンペンと発音され、dompengと書かれ
ることがある。

伝統的な方法である、川の砂をふるいにかけている者が一隻のドンフェンの周辺に何人も
見える。ドンフェンを2隻持っている南ソロッ県サギル出身のアナス・コトさん32歳の
姿を目にするだけで、黄金採取がそんなに儲かるものなのかという実例が見えてくる。皮
革製バッグ、着心地の良さそうな上下衣服の上に黒い皮ジャケットを羽織ってさっそうと
立つ姿はまるで新興成金を思い出させるものだ。最近かれはSungai Darehスガイダレッの
町に土地を買った。かれはこう物語った。「2年間この仕事をやって20億ルピア超を稼
いだよ。木材をやっていれば材木屋のおやじになるくらいだろう。」


取材班一行はさらに上流へ遡った。川の中に巨石が増え、水流が激しさを増してきた。お
まけに雨まで降り出したので、船はUターンして水門に引き返した。そして一行はバタン
ハリ河対岸のセイランサッ村を訪れた。かつてダルマスラヤ王国の都が置かれていたのが
この村だ。そこはあたかも時間が停止してしまった地球上の一空間のありさまを取材班に
示していた。

この村の河岸で植民地時代にアディティアワルマンの像が発見されている。そして百メー
トルほど河岸から離れた場所にチャンディパダンロチョ遺跡群が静かにその姿を誇示して
いる。

しかし村の中の道は濡れた粘土のまま。村に電気は来ておらず、通信電波さえ届いていな
い。この21世紀に住民は何百年もの昔に行われていた暮らしを営み続けている。


スガイダレッの町からバタンハリ河を船で下ろうとした取材班は、船のチャーターにだれ
も応じない現実に直面してがっかりした。乾季のために河の水位が下がっており、巨岩が
水面上に突き出しているし、ドンフェンがたくさん作業していて操船がむつかしい、とい
うのがその理由だった。昔は船でバタンハリを上り下りしていた船持ちのひとりも、「け
っこう長い期間、船で行くことをしなくなった。下流へ行くなら船よりも車で行くほうが
いいよ。」と取材班に勧めたくらいだ。かれは船頭仕事をやめて、今では指輪にはめる貴
石の商売に衣替えしている。全国的にスガイダレッの名前は指輪の石の種類を示す代名詞
にさえなっている。

仕方なく取材班はムアラテボまで陸路を下り、ムアラテボでやっと期待が実現した。チャ
ーターした船はゆったりと流れる茶色に濁った水流に乗って下流に向かう。船の持ち主で
あるアブドゥラッマンさん51歳が、自分の持っているドンフェン作業現場を見てみない
かと取材班を誘った。

現場に着くと、かなり大がかりに黄金採鉱が行われていた。大型ポンプを乗せた竹のいか
だが10台、整然と並び、川幅の半分近くを占領している。ポンプは川底から砂を吸い上
げて斜めに作られた板の上部に流し出す。板には何カ所も堰が作られていて、砂がそこに
引っかかる。少年を含むたくさんの男たちが水銀を川砂に混ぜてかき回し、黄金の微粒を
水銀に付着させている。[ 続く ]