「ムラユの大河(20)」(2024年09月24日) バタンハリ河沿いにドンフェンがいたるところで唸りを上げ続けていた。河を下る取材班 を運ぶ船がムアラテボからムアラブリアンまでの2百キロほどを航行する間、ほとんど全 域にわたって6百台を超えるドンフェンが稼働していたのだ。川魚を獲る漁船を取材班が 目にしたのはほんのわずかだった。かつてゴムなどの林産物を下流まで運んでいた運送船 はまったく姿を消していた。バタンハリ河は黄金採取者に占領されているのだ。 もっと下流のバタンハリ県ムロセボウル郡プニンジャウアンに達したとき、ドンフェンの いない風景が出現した。魚を飼っている生簀もたくさん並んでいる。この村の地元民はか れらの生活領域にドンフェンが侵入することを許さなかった。住民が総力をあげてドンフ ェンを拒否したのである。 それでも上流で無統制に近いありさまで行われている黄金採取の影響を避けることは不可 能だった。地元民のひとりは、「パティン魚の稚魚を3千2百尾生簀に放しても、その半 分は死ぬ。河水が水銀で汚染されているせいだ。」と語った。 河が被っている影響は水銀だけでない。上流で河岸が崩され、河底が掘り返され、その結 果土砂や石が水流によって運ばれる。バタンハリ県ムルサム郡では河の中に砂洲が出現し、 河幅の三分の一をせき止めている。 ムアラテボから始まったコンパス紙取材班のバタンハリ河取材の旅は4日目の夜にジャン ビ市に到着して終了した。ジャンビ市に近付くにつれてドンフェンの影がまばらになり、 河幅が広がって3百メートルに達するエリアにはもうドンフェンの姿が見えず、魚の生簀 が増加し、網を打つ漁舟がおり、河を往来するさまざまな船が行き交っていた。 そこには昔ながらの、河で生きるひとびとの姿が見られたものの、河は浅くなり、河水は 濃く濁っていた。 住民人口60万のジャンビの町はよく整備された街並みと大都市よりも清浄な大気を備え、 気温も涼しく、おまけに大河が街中を流れる環境がエキゾチックさを高めている。 この町でひとびとは穏やかな暮らしを営み、大勢の住民がバタンハリ河畔を日々の生活の 息抜きの場として利用している。夕方や夜に住民が河畔に憩いを求めてやってくるのだ。 食べ物の作り売りテントが並び、ナシゴレン・ミーゴレン・マルタバッ・プチュレレ・フ ライドチキンからフライドダックまで、大都市に劣らないメニューのバリエーションが提 供されている。対岸の民家の明かりや水上を往来する船が灯す明かりを眺めながらの食事 は、また格別の味わいを料理に添えてくれる。 この町の中央市場であるPasar Angso Duoも河沿いにあるし、河を生活の舞台にしている 住民も少なくない。ジャンビの町にとってバタンハリ河は経済動脈のひとつになっている のである。[ 続く ]