「古本の中から宝物(2)」(2024年09月25日)

< 高校の卒業試験問題用紙 >
古書の中に挟まれていたものの中に、1954年に作られた普通科高校の試験問題があっ
た。インドネシアで作られた試験問題用紙の中でこれが現存する最古のものであるかもし
れない。この紙は1950年代に作られたステンシル版古ジャワ語辞書の中から見つかっ
た。当時の教育指導文化省が作ったこの試験用紙のタイトルとして「Udjian Penghabisan 
Sekolah Menengah Umum Tingkat Atas, Tahun 1954. Bagian: A (Sastera)」という言葉
が紙面に書かれている。

古ジャワ語の学習科目について行われたこの試験は1954年6月14日(月)午前10
時半から開始されて12時に終了した。問題用紙に書かれた試験問題はわずか一問。西暦
9〜10世紀に栄えたヒンドゥマタラム王国時代に作られた古文書Kitab Adiparwaの中の
たった5行の文の翻訳がこの試験の内容だったのである。

もしも読者の中にその試験を試してみたいという興味をお持ちの方がいるなら、どうぞこ
の文を翻訳してみてください。
Mangkana ling sang Dyoh, sangke sih nira mapriya, lumampah ta sang Prabhata sumyang 
I wwang sanaknya kabeh, inalap nira sang Nandini.

この試験問題からわれわれは当時の高校卒業生の学力レベルを推測することができる。い
まの大学のジャワ文学課程で学士号を得た者にとってさえ、上の試験は決して容易な問題
ではないように思われる。あの時代の高校レベルの教育クオリティの高さがこの試験問題
から感じられるにちがいない。

だからあの時代の大学卒業生、つまり学士号を持つ者の知的レベルが当時の社会において
たいへんに高いものであったことにわれわれは納得感を抱くことになる。学士号を得た者
がそのまま国内であれ国外であれ、博士号の取得に向かって邁進することが起こり得たの
である。

それとは別の話として、高校で学術コースがABCの三つに区分されていた。Aは文化文
学、Bは自然科学、Cが経済という学術カテゴリーを生徒が選択するのである。人文科学
が筆頭に置かれていたことは何を物語っているのだろうか。

高校生は自分に一番見合った学術カテゴリーを選択し、どのカテゴリーが頭が良い者の選
択するものだとか、どのカテゴリーが職業生活で得をするなどということを考えずに学問
に励んでいた時代がそれだったようにも思われるのである。

< 顧客コメントカード >
古書の中から見つかったしおりの代替物のひとつに、ジャカルタのホテルインドネシアが
作った顧客コメントカード(実際のタイトルはKatu Komplain)があった。ホテルインド
ネシアが改築され、ホテルグランドインドネシアと改名されたいま、この資料は特別の価
値を持っている。

第4回アジア大会のために建設され、1962年8月5日にスカルノ大統領がオープニン
グを宣したホテルインドネシアはその当時、独立インドネシア共和国がはじめて設けた国
際級ホテルとしての誇りを担ったのである。

そのカードに使われているインドネシア語の綴り方は1972年にEYDによって廃止さ
れたスワンディ綴りになっており、その企画がなされたのが1962年から1972まで
の間だったことが判る。

このカードに書かれているホテルマネジメントからのメッセージはこれだ。
Tetamu Jang Terhormat,
Pengurus Hotel Indonesia akan sangat menghargai komentar, kritik, dan saran2 
mengenai tjara mendjalankan hotel ini. Kerap kali kami dapat berhubungan langsung 
dengan tiap tamu setjara korespondensi sematjam ini, dan menggunakan pandangan-
pandangannja untuk memperbaiki pekerdjaan Hotel Indonesia.
[ 続く ]