「インドネシア大統領パレス(12)」(2024年10月11日) 1918年2月にバタヴィアを襲った洪水が史上最大のものとされている。そのとき、1 月から2月にかけて22日間雨が降り続き、ヴェルテフレーデン・タナティンギ・クマヨ ラン・グロドッなどバタヴィアの半分が水没した。地表から1.5メートルの高さまで水 に浸かった地区もあった。洪水から逃れるために数千人がバタヴィアから避難したそうだ。 過去30年間にヨーロッパで起こった洪水よりもはるかにすさまじいものだったと当時の 新聞がコメントしている。 しかしレイスヴェイク宮殿とコニングスプレイン宮殿はそんな大洪水のときも浸水を免れ た。植民地時代を物語る昔話の中に、毎回洪水の危機に直面したとき、マンガライ水門は 閉ざされて最後の最後になるまで開くことが許されず、そのために水門近辺のエリアが水 没するのは雨季の茶飯事になっていたというものもある。もちろんそれは宮殿地区に水を 溢れさせないために行われたことだ。それはともかくとして、盛り土されて高くなった宮 殿の床の上まで水が浸入するようなことは歴史上一度も起こったことがないそうだ。 現代インドネシアのジャカルタ大統領宮殿地区における洪水対策はオランダ時代とそれほ ど変化したわけでもないのだが、首都の排水網が更に細かく整備されて各地区の水の出入 りがより有効にコントロールされる体制が作られている。大統領宮殿地区の排水は北海岸 にあるプルイッ貯水池排水系に属している。 その排水系に所属する地区の全排水はクルクッ川に入って北上し、ジュラケン川に合流し てからプルイッ貯水池に流れ込む。この排水系はプトジョ・クルクッ・クアグガン・グロ ドッ・ロアマラカなどをカバーしている。 とはいえ、プルイッ貯水池自身も弱点を持っている。プルイッ貯水池はオランダ人の言う ポルダーだ。海の一部を堤防で海と切り離し、水を汲み出して干上がらせた干拓地がポル ダーの意味だが、プルイッ貯水池は干拓地にされずに淡水が溜まっている。 プルイッ貯水池が陸地から来る排水をたくわえる能力を持っているかぎり内陸で洪水は起 こらないと言うものの、貯水能力を超えてしまえば水は内陸部で河川からあふれることに なる。その対策として水を海側に排出させるために毎秒32立米の総排水能力を持つポン プ群が設置されている。このシステムが設けられなければ、海水が上昇したとき水が内陸 に侵入してきて海岸沿いの陸地に洪水を引き起こすことになりかねない。普通の状況のと きにプルイッ貯水池の北端部でプンジャリガン地区とパンタイムティアラ住宅地をつない でいる堤防に立てば、プルイッ貯水池の水面が海面よりも1〜1.5メートル低いことが よくわかる。 レイスヴェイク宮殿で行われた歴史的事件には、ファン デン ボシュ総督による強制栽培 制度の誕生、1947年3月25日にスタン・シャッリルとファン モークとの間で交わ されたリンガルジャティ協定調印などがある。 現在の国家宮殿は国政高官職者任命儀式、全国あるいは国際規模の大会や会議の開会宣言、 国が催す祝宴などの公式行事のための場所として使われている。[ 続く ]