「インドネシア大統領パレス(18)」(2024年10月21日) 今独立宮殿で行われている国家行事は、独立宣言記念日における宣言再現式典、国賓を迎 える式典、外国へ赴任する大使への信任状授与、外国大使の信任状奉呈、国軍・国警高官 叙任式典などだ。迎えられた国賓はこの大統領宮殿地区内に建てられているウィスマヌガ ラで宿泊するように決まっていたものの、大統領が何人も交代する中で、宿泊場所も必要 に応じて変化した。 インドネシアを訪れた世界中の国家元首や内閣首班が独立宮殿に足を踏み入れている。国 賓として独立宮殿を訪れたひとびとのリストは長い。そこには次のようなひとびとの名前 が記されている。 ネール首相、ガンディ首相、エリザベス女王、ユリアナ女王、シアヌーク国王、ロバート ・ケネディ司法長官、ネルソン・マンデラ大統領、ヘルムート・コール首相、ビル・クリ ントン大統領、ダイアナ妃、オバマ大統領・・・ 独立宮殿と国家宮殿は総面積6.8Haのジャカルタ大統領宮殿地区という大きいエリアの 中に同居している。その地区内を埋めているさまざまな建物についても触れておくことに しよう。 1958年、建築家スダルソノが独立宮殿の西隣にバイトゥラヒムモスクを建てた。完成 したのは1961年のことで、ハビビ大統領のときに南側が拡張されて北側と対称形にな り、ドームの中にアルクルアンの章句のカリグラフィが描かれた。 バイトゥラヒムモスクができあがると、スカルノはスダルソノに国賓の宿泊のための建物 を建設するよう命じた。1962年から1964年まで工事が行われて、敷地中央部西側 に6階建てのウィスマヌガラが完成した。 6階には食堂と客室、5階は国家元首用のスイートルーム、4階は首相や副大統領クラス 用のスイートルームになっている。この建物内に賓客のための郵便局・美容サロン・両替 商・土産物店が店を開いていた。 スハルトは既存の大統領宮殿を使わず、国家宮殿東隣に執務オフィスを建設してビナグラ ハと名付けた。建設工事は1969年に開始されて1970年に竣工した。表門は北のヴ ェテラン通りに面している。 スハルトはビナグラハの一階執務室で政務を行い、政務に関わる客と会見した。二階執務 室は閣僚会議の準備のために使った。一階と二階の執務室同士が階段でつながっていた。 国賓や国家上級機関の長と会うときは独立宮殿を使った。 ビナグラハが建てられる前はそこにダルマニルマラホテルがあったが、ビナグラハ建設の ために古い建物は撤去された。ダルマニルマラホテルの建物は18世紀末からあった古い 歴史を持つ建物である。 1796年にファン ブラアムがレイスヴェイクに邸宅を建て始める前の1794年にピ ーテル・テンシーがファン ブラアムの東隣の土地を手に入れてそこに豪華な建物を建て た。1811年にラフルズがその建物を2万7千レイクスダルダーで買い取って改造し、 しばらくそこで暮らしてから、バイテンゾルフ宮殿に移るときに部下の高官の住居にした という話になっている。ラフルズがそこに住んでいたころ、その建物はRaffle's Houseと 呼ばれていて、パレスという言葉は使われなかった。イギリスがオランダに東インドを返 還したとき、ラフルズはその建物をオランダ東インド政庁に買い取らせている。 1837年、その建物はオテルパレロワイヤルとなり、しばらく経った1846年にホテ ルネーデルランデンに変わった。このホテルネーデルランデンは広い敷地がコニングスプ レインまで続いていて、そこにヴィラが立ち並び、バタヴィアの最高級ホテルの評判をオ テルデザンドと競い合った。共和国時代になってそのホテルはインドネシア語名のダルマ ニルマラと名前を変えた。[ 続く ]