「暗がりだらけ(前)」(2024年11月14日) gelapというインドネシア語は「暗い」という意味だ。明るかった状態から光量が減少し て暗くなる。その減少量の程度によって暗さに違いが生じる。インドネシア語ではその程 度の差異が次のように表現される。 sabur, sabur-libur/sambur-limbur, samur, suram, suram-suram gelap, gelap, gelap- gulita, gelap-kelemat, kelam-lebam, kelam-pekat, kelam-kelimut ただしそれが暗さの順番ということではないそうだ。この種の文学的な感性は物理学的な 測定基準を拒否するのだろう。その反対に明るさが低下した状態をたとえばterang-terang larasと表現したとき、それが上の「暗い」のグラデーションのどの辺りに位置するのか は見当もつかない。 いや、空間の明るさとは違う意味のgelapも昔から使われてきた。内容が明瞭にわからな いことがらにもgelapが使われる。この場合の暗いは心理的な比喩を示している。暗殺事 件の内容がまだ究明されていないとき、それはperkara gelapと表現される。 もっと端的なのは、自分がそのものごとに暗いということを言うのにもgelapが使われる ことだ。これはまったく日本語のロジックと同じだ。インドネシア語は本当に日本語とよ く似ている。しかし知らない場合に日本人は「暗い」と言わないのだが、インドネシア人 は知らないことをgelapと言うのである。 昔はやった流行語のひとつに「Au ah. Gelap!」というものがあったことをご存知の読者 はどのくらいいらっしゃるだろうか?これを昨今のインドネシア人はバハサガウルと位置 付けているようだが、新造語はひとつも含まれていない。 Auはtauの語頭の子音が外されたものであり、文法的に正確に書くとTau, ah. Gelap」と なる。ところが文法的に意味を正確に解釈すると、これは反語になってしまうのである。 言っている内容は(Aku) nggak tau, ah. (Aku) gelap. これは日本語の「知らんよ、そん なもん」に該当しているとわたしには思われるのである。 使われるケースとしては、本当に自分が知らないことを認めている場合、相手が言ってい ることに興味がなく、関わり合いたくない場合、あるいは自分が相手の言うことを考えた くない場合、などが考えられる。 このgelapは、対象のものごとに対する自分の知識が暗い(知らない)と言うことよりも、 自分自身が暗闇の中にいるという雰囲気のほうが強いようにわたしには感じられる。 さらに比喩的な表現として、gelap mataあるいはmata gelapのようなものもある。直訳す ると「暗い目」になるこの言葉は、目がものごとを明瞭に識別できない状態を意味してい る。身辺の周囲にある善や美に気が付かない人間の形容に使われるものなのだが、怒りが 頭の頂点に達した状態をも指して使われている。怒りは人間の視野を閉じるのだろう。 gelapはまた異なる意味にも使われる。pacar gelapは「隠された」「秘密の」といった意 味を表している。この場合に合法・非合法の語感はケースバイケースで出たりひっこんだ りする。パチャルに合法性など無関係だがistri gelapは合法性を持っている。ところが pasar gelapは非合法であるのが普通だ。 形容詞gelapを動詞menggelapkanにして使うと、「隠す」「見えなくする」の意味が出現 する。その行為を行う者はpenggelapなのである。menggelapkan uang kantorは横領着服 行為であり、会社の金や他人から預かった金が私腹に入ったりすると、その金品はuang gelap, harta gelap, barang gelapなどになる。 ところが場合によっては非合法なのか単に秘密になっているのかが言葉だけではわからな いものも出現する。organisasi gelap, perusahaan gelap, persekutuan gelap, petugas gelap, perkumpulan gelap, sasaran gelap, perjanjian gelap, transaksi gelap, dagang gelap.... ポソには、あるrencana gelapを実施するために大量のsenjata gelapがgudang gelapに置 かれているという話だ。[ 続く ]