「暗がりだらけ(後)」(2024年11月15日) 非合法というニュアンスを強く持つ言葉にliarというものがある。liarは第一義が「野生 の」という意味で、つまり「飼われていない」状態を示している。「飼われる」というの は普通、飼い主がその生活パターンを決めているものだから、飼われている者は飼い主の 監督下に秩序だったあり方で存在しているわけだ。リアルとはそうでない存在を指すこと になる。 植民地時代のオランダ東インドにはwilde scholenがあった。sekolah liarだ。それは行 政の許認可を得ていない、統治者の秩序を乱す学校だったのだ。ここでの秩序を乱すとい う言葉の意味を勘違いしてはいけない。オランダ人の言うヴィルデスホーレンでは、民族 主義教師たちが生徒に、民族独立こそが善であり植民地支配は悪だということを教えてい たのである。 卒業証書・修業証書にijazah liarと呼ばれるものがないのは不思議だ。sekolah liarが 発行したものはijazah liarと呼ばれるのが理にかなっているのではないかと思われるも のの、ijazahに関してはasliとpalsu、そしてaspalの三種類しか世間で認知されていない ように見える。 アスパルというのはオランダ語asphaltをインドネシア語に摂りこんだaspalとは意味が違 う。ここで言っているアスパルというのはasli tapi palsuの短縮語なのである。アスリ とはホンモノ・オリジナル・純正などを意味し、パルスはニセモノを意味している。その 相矛盾する概念が一体化するとどうなるか? 公的機関が何らかの証書や証明書を発行すると、それが発行原簿に記帳され、記帳された 発行分に見合う手数料が会計に納められるシステムが昔のインドネシアで行われていた。 発行担当職員が腐敗行為を行う手段はいろいろあるが、そのひとつに発行手数料の着服が ある。発行原簿に記帳しなければ、その金を会計に納める必要がなくなるではないか。 疑わしい証書や証明書がホンモノかニセモノかを判定する際、発行した機関の発行原簿を チェックすればそれが公認されたものかどうかがすぐに判る。必要添付書類を添えて発行 を申請した人間こそいい面の皮だ。 別のアスパル手法には、その証書や証明書を受ける資格のない人間がそれを得ようとして 発行担当職員にアプローチするケースもある。ホンモノ用紙を使った証明書が規定の手数 料の数倍で売れるのである。発行原簿にそんな発行分が記載されるわけがない。 アスパル事件が盛んだった時代には、たいていの役所で用紙管理が一枚一枚の単位で行わ れているという話をしばしば耳にした。だがその用紙を印刷する業者の中でどうなってい るのかまではgelapだった。実に闇だらけの世界だ。 インドネシアの独立革命期には、全国各地でpasukan liarが跳梁跋扈した。共和国の正規 軍隊に所属していないためにリアルという形容詞に該当することになるのだが、インドネ シア政府はもちろんそんな呼び方をしなかった。同じ目的のために身命を賭している同胞 にそんな侮蔑的なことをできるわけがない。 しかし現実には、liarと呼ぶのにふさわしい悪党集団が愛国者の顔をして殺人や強盗を行 った例も散見される。政府は極力、それらのパスカンリアルを国軍の中に吸収するように 努めた。しかしどうしようもない悪党指揮官は国軍が処刑したそうだ。 他にも、インドネシアの山河をはげ山にしたpenebangan liarがある。kayu gelondongan liarがコンテナに詰め込まれて地方の港から中国へ船積みされていた。 海外出稼ぎの盛んだったころにはTKI liarがしばしば話題になった。これは出稼ぎ労働者 送り出しが国家事業になり、許認可を得た民間業者が定められた条件で送り出しを行って いる一方、リアルの業者が密かに行うものや、合法業者の出稼ぎ者集めに口利き屋が口八 丁で貧困地域住民をその気にさせ、いざ着いてみればまるで話が違うというような詐欺ま がい行為まで、さまざまな事件が発生した。 インドネシアのTKI liarが一番たくさん渡航した先がマレーシアだった。マレーシア人は かれらをTKI haramと呼んだ。マレーシアでハラムは宗教用語を超えた使い方をされてい たのだ。来てほしくない外国人はpendatang haramと呼ばれ、違法建築はbangunan haram と言われた。 糖尿病を気にしていたころのわたしは、インドネシアで砂糖をハラムと呼ぶことをしばし ば行っていた。ブラックコーヒーを注文するときに「Jangan pakai gula, ya. Gula itu haram bagi saya. ハラ〜ム!」などと言ってふざけていたものだが、ジャワ人ムスリム にどやされた体験が一度もない。[ 完 ]