「インドネシア大統領パレス(40)」(2024年11月20日) スカルノ大統領がバリ島を訪れるといつもタンパッシリン宮殿内のウィスマムルデカ1号 室に泊まり、そこで執務した。スカルノはよく薄青色のパジャマ姿で館の外を散歩し、庭 園の花木を眺めたり観察していた。時には宮殿の東にあるティルタンプルに足を伸ばすこ ともあった。そんな時、トレードマークのペチはかぶらなかったそうだ。 民衆がいる場所へ出かけたときにはいつも、一般庶民と言葉を交わすのがかれの習慣だっ た。夜にはしばしば宮殿の周辺にある部落の長たちを招いて非公式の集まりを催し、民衆 の声を聞いた。そんなとき、ブンカルノはバリの民衆に生活の心構えを諭した。いつも清 潔さを心掛け、寺院を世話し保護することを忘れず、円満で調和的な人間関係を維持する ように。人間同士が互いに調和し合った関係の中で暮らすとき、それは大自然の調和を維 持することにつながるのだ、と。 スカルノは夜にブドゥル村のゴアガジャへ行って星空を眺めるのを好んだ。宮殿からゴア ガジャへは12キロの距離だ。かれは副官だけ連れてジープに乗り、運転手と三人で宮殿 を抜け出すことがあったから、スカルノが宮殿にいないことが判ると大統領親衛隊の衛兵 たちが大慌てでその後を追った。 宮殿敷地内のウィスマヌガラは国賓のための宿泊施設として使われている。全国にあるほ とんどの大統領宮殿が迎賓館兼宿泊施設としても使われていて、国賓がバリ島を訪れると、 大統領はウィスマムルデカで賓客を迎えて歓待し、客に寝んでもらうために宿泊所である ウィスマヌガラへ徒歩で案内する。花の香が漂うバリの夜空の下を、一行は散策しながら 宿舎に向かうのである。 ウィスマヌガラはティルタンプル寺院を見下ろす丘の上にあり、ウィスマムルデカはその 西側の丘の上にあって、ふたつの丘の間が高さ15メートルほどの谷間になっている。そ こに架けられている長さ40メートル幅1.5メートルのJembatan Persahabatanと名付 けられた橋がふたつの丘をつないでいるのだ。橋の下は宮殿の敷地外になっており、地元 民の通る踏み分け道ができている。 世界各国から来た賓客は宿泊所へ行くのに、インドネシアの大統領と一緒にその橋を歩く のである。友好の橋という命名はそこに由来している。 タイのプミポン・アドゥンヤデーツ国王とシリキーッ王妃が1957年にバリを訪れたと き、ウィスマヌガラがまだできていなかったために夫妻はウィスマムルデカに宿泊した。 1957年から2017年までの期間にタンパッシリン宮殿に泊まった世界の国家首長は 44人に上っている。 代表的なひとびとを列挙するなら、ビルマのネウィン大統領、ユーゴスラヴィアのティト 大統領、ベトナムのホー・チミン大統領、インドのネール首相、ソ連のフルシチョフ首相、 オランダのユリアナ女王、ニッポンのヒロヒト天皇などがタンパッシリン宮殿での憩いを 愉しんだ。 特に高原の清涼な空気と、大自然が作った森林と川が生み出している、文字通り天然自然 に包まれた環境が国賓たちを印象付けたようだ。タンパッシリン宮殿は標高7百メートル の丘の上にあって、高原の風情に満ちあふれている。夜は寒いくらいだと地元のひとびと は言う。特に乾季になるとオーストラリア大陸の寒気団が吹き出してくるので、バリ島の 夜は寒くなりがちだ。[ 続く ]