「中華イスラム(6)」(2024年11月25日)

ジャワの民衆がイスラム聖者をどうして9人にしたのかということについて、スルヨモジ
ョパヒッとの関連性を物語る説がある。かつてナフダトゥルウラマ中央執行部副事務局長
が興味深い話をコンパス紙記者に語った。ヌサンタラにおけるイスラム布教とイスラム化
は、既存の社会制度や文化的仕組みを破壊する形で行われたのではなかったのだ、と言う
のである。

ワリソ~ゴは民衆社会に根を下ろしていた9神への畏敬が形を変えたものだと副事務局長
は解説した。ヒンドゥ=ブッダ文化で組み立てられていた大衆生活共同体を解体するので
なく、過去から培われていた社会生活の基盤に連続性を持たせてイスラムへの形にそれを
移行させたのだ。ヒンドゥ=ブッダ王朝だったモジョパヒッ王国のさまざまなエレメント
がイスラム化以降もたくさんジャワに残された事実がフランス人歴史家デニス・ロンバー
ル教授に疑問を抱かせたことと、それは軌を一つにしている。

ロンバール教授はジャワ島に興ったイスラム教育機関が最初、行者の瞑想を指導するダル
マやマンダラの形態を踏襲していたことを指摘した。グルと弟子のつながりはキアイとサ
ントリのつながりとそっくりであり、各ダルマのグルが相互につながっていたありさまも
各プサントレンを指導しているキアイ間の横の連絡の緻密さに引き継がれている。

ジャワのプサントレンにおける教育システムは昔のヒンドゥ=ブッダ社会で行われていた
教育制度とスタイルに瓜二つだったという、そのような事実がジャワ島のイスラム化がど
のような内容で行われたのかという疑問の答えを垣間見せてくれるのである。


ワリソ~ゴが始めたプサントレン教育制度はヒンドゥ=ブッダ文化を枠組みにしている大
衆社会をイスラムの形に変容させるための重要な戦略だった。イスラムという新思想を師
であるキアイと寝食を共にしながら自分の生活の中に反映させ、イスラム者としての生き
方を師の説明を聞きながら身体で実践するのがプサントレンという宗教塾だ。プサントレ
ンは既存宗教文化で育った個人をイスラム者に変容させる仕組みを担ったのである。

既にヒンドゥ=ブッダ文化の価値観を多少なりとも持たされた個人に対して、本人が善で
あると信じているものを否定するようなことは少なければ少ないほどよいはずだ。しょせ
ん宗教というものは形こそさまざまに違っていても、人間が持っている本質部分を突き詰
めていけばどの宗教も似たような見解を語っているのである。

人間というものは大筋でたいてい似たようなユニバーサルな性格を持っているということ
をそれは示しているように見える。文化によって人間は違う動物なのであるというモノの
見方は人間の本質に目の届かないクセノフォビアがもたらすものだろう。外国人に恐怖感
を抱くのは、世界知らずが原因になっているのではあるまいか。

プサントレンの塾生であるサントリのほとんどは、在塾中も卒業してからも、地元社会の
中で生きるのである。まだウンマーになっていない地元社会で生きることになるサントリ
に地元社会と対立的な内容を教えると、かれが在塾中に得たイスラムの知識や教えの実践
が困難になるのはワリソゴにとって明白なことがらだった。ましてやその者が反社会的で
対立的なムスリムになってしまえば、プサントレンは社会の敵にされてしまう。

プサントレンにおけるイスラム教育が既存社会の価値観を尊重してそれを維持させながら
イスラムの形の実践からサントリ教育を開始していったのは、実にポジティブで建設的な
方法論だったように解釈できる。[ 続く ]