「傘と笠(1)」(2024年12月05日) 西暦紀元前3千5百年ごろ、中国人は既に傘を使っていた。この傘は竹の棒と動物の皮で 天蓋を作り、お付きの者が貴人の頭上に掲げるような方式だったようだ。それが朝鮮半島 に伝わり、日本へは西暦552年に百済の聖明王の使者が仏具のひとつとして欽明天皇に 献上したのが事始めだと日本の古籍に記されている。 日本人はそれを「きぬがさ」と呼び、蓋という漢字を当てはめた。「きぬのかさ」なのだ から天蓋部分は布製だったものと思われる。元々は、天から降って来る雨や雪への対策と してでなく、太陽が降らす日射の対策として使われたようだ。 絹などの布地が使われた天蓋であれば雨対策でなかったことが明白になるのだが、動物の 皮が天蓋に使われていれば雨と日射の両刀使いが可能になるのではないかという気がしな いでもない。しかしながら、言うまでもなく皮のクオリティ次第になるだろうし、貴人が 全然濡れないようにするのも難しいだろうから、雨対策は本筋でなかったかもしれない。 ともあれ、貴人を日射から防ぐために下人がそれを掲げたという使われ方をしていたのだ から、傘というものは社会における支配権力をズバリ示している道具だったと言えるにち がいあるまい。 傘という中国語文字の古代音はサンで朝鮮半島の言葉もサンという発音のようだから、日 本にそれが伝わったときに日本人はどうしてそれを「サン」と呼ばずに「かさ」という言 葉に変えたのだろうか。「かさ」という和語の語源は「かざす」に由来しているという説 がある。 「かざす」の語義は[1 手に持って掲げる。][2 物の上へ、手などをおおうように差し 出す。][3 頭上や顔のあたりに手や物などをさしかけて光をさえぎる。]と辞書に記され ていて、確かに語義1は傘、語義3は笠の意味にぴったりだ。 日本の古墳時代に作られた埴輪の中に笠をかぶったものが見つかっており、日本人は傘の 到来より先に笠を「かさ」と呼んでいた可能性が推測できる。そうであれば、柄をつけた 笠を下人が貴人の頭上に差し掛けるとき、それを「かさ」と呼んでもたいして不自然さが 感じられなかったように思われる。大陸伝来の「サン」が「かさ」という和語になった背 景としてそんな裏話が想像されるのである。 もしもそれが当たっているのであれば、古代日本人にとって「かざす」の語義は元来[3 頭上や顔のあたりに手や物などをさしかけて光をさえぎる。]が主要な意味だったのであ り、傘が到来してからはじめて[1 手に持って掲げる。]の語義が生まれたことになりそ うだ。辞書が1を第一語義に置いているのは、現代日本人の暮らしの中では傘がたいへん 重い地位を占め、笠は日常生活からほとんど消えかかっている事実と表裏一体の関係にあ ることを示していると見ることもできる。辞書に記されている内容にも歴史が窺えるとは、 ちょっとしたオドロキではないだろうか。 中国人は傘を道具、笠は帽子の仲間、と見なしており、かれらはそれらをまったく異なる 種類のものと感じているようだ。同じことは英語でもインドネシア語でも言えるような気 がする。ところが日本語ではそれらが同一音の言葉にされたことから、われわれは自然と それらの間に横たわっている類似性を探し出そうとし、機能の類似性を見出して納得する のである。 だからたいていの日本人は傘と笠の間に生じている語感を、諸外国人が持っているものと は違うニュアンスで感得しているように思われる。わたしの知っているかぎりの世界中の 文化がそんなことをしていないにも関わらず、日本人は誰に指図されるでもなく自分から そんなことに頭を働かせているわけだ。これは一種の知的貧乏性だなどと迂闊に言うと愛 国者に叱られるかもしれないから、口を閉じておこう。[ 続く ]