「傘と笠(6)」(2024年12月12日)

ご主人様は自分の外出が世間の目にさらされるのを意識して、見映えの良い召使を連れ歩
こうと考える。召使を自分の意のままに扱いたいと思うご主人様にとっては、奴隷のほう
が奴隷でない者よりも扱いやすい。奴隷なら自分の所有物になるからだ。オーナーに反抗
する奴隷は法曹機構が罰してくれるために、奴隷のオーナーは反抗的な奴隷と自分で対決
する必要がないのである。普通の市民を召使に雇うと、そんなわけにいかなくなる。

見映えの良い召使が欲しいご主人様は姿かたちの良い者を奴隷市場で買う。女主人は美し
い少女奴隷を高い金額で買い取り、その少女を美しく磨き上げ、上等の衣服と高価な宝石
装飾品を身に着けさせ、外出する自分に従わせて連れ歩いた。町中で群集からの視線を浴
びることが女主人の悦びになる。美しい女奴隷を自分のプロパティとして世間に見せびら
かす女主人の誇りが、かの女をセラブリティへの道に邁進させるのである。自分の上等な
持ち物を見せびらかしてライバルよりも高い世間の評価を集めることがセラブリティ階層
の生きがいではなかったろうか。


バタヴィア城市内の住民は早い時期から贅を競い合うライフスタイルを習慣化させていた
らしい。それが物価を押し上げたから普通の生活をするだけでも大きなコストがかかった。
ましてや贅沢な暮らしを世間に見せびらかすためには、並みの稼ぎでは追いつかない。バ
タヴィアの市民生活を取り仕切る行政官は上から下まであの手この手で金を集めるように
なり、腐敗行為の温床が作られていった。

一方、贅沢をこれ見よがしに世間に示す者は世間がその者をもてはやし、社会のセラブリ
ティに担ぎ上げた。豪勢に着飾った衣装、きらめく黄金や宝石の装身具、お付きの召使は
扇子係、傘係、シリピナンの道具係等々ひとりに何かひとつを持たせて大勢を連れ歩き、
遠出する際に使う馬車はいろいろと飾り立てた上に御者にも目立つ制服を着せ、馬の数も
増やして豪華な乗り物にする。広い大邸宅に住んで、召使の奴隷を百人以上持ち、奴隷の
住む住居として大きな建物を母屋の裏に建てた。

VOCの船医だったニコラス・デ フラアフがはじめてバタヴィアを訪れたのは1640
年だった。かれは東インドへ行く船に5回乗務した。かれは自ら絵を描き、旅行記をもの
し、かれの没後にその著作が出版された。

17世紀半ばごろにバタヴィアで見聞したものごとをかれは旅行記の中に書いた。バタヴ
ィア女性たちの特異なライフスタイルがそこに暴露されている。ヨーロッパ人は日曜日に
教会に集い、よき宗教徒よき市民としてのつながりを確認し合って文明人としての義務を
果たすということになってはいるものの、バタヴィア城市内にあるクリスチャン教会に集
まるVOC高官の妻たちは、純血オランダ人であれプラナカンであれ、そこをセラブリテ
ィ競争のリングにした。自分の地位(とは夫の職位に支えられたものだったとはいえ)に
相応の贅を毎週教会で見せびらかすのがかの女たちの闘いになっていた。

豪華な衣装に高価な装身具、連れ歩く召使。それを見た世間が「わあ!」と言うようにさ
せることがかの女たちにとってのレゾンデートルになった。きらめきは先週より今週、今
週より来週のほうが強まらなければならない。エスカレーションは終わりがない。

バタヴィア市庁舎の西隣にある教会への行き帰りに、貴婦人は男女の召使に囲まれ、男の
召使が掲げる傘が作る日陰と共に大通りを歩く。その傘には金糸で龍や木の葉の刺繍がほ
どこされている。かの女がオランダ女性であるかぎり、夫の地位がどんなに低かろうが傘
を持つ召使がかならず侍った。[ 続く ]