「世代と共に劣化する言語」(2025年01月24日)

ライター: 文学者、クルニア JR
ソース: 2018年1月20日付けコンパス紙 "Bahasa Kikuk" 

インドネシア語のデジタルメディアは往々にしてぎこちない姿を見せる。たとえて言うな
ら、葬式にパーティ服でやってきたりあるいはその反対のケースのような、場違いなコス
チュームで場違いな場に出ているような違和感がそこに示される。みっともないというの
に、それが改善されない。理由はふたつあるだろう。本人にそれが解っておらず、また学
ぼうともしない。もうひとつは、その者だけがそうなのでなく、仲間が大勢いるのだ。当
然、自分が間違っているとも、問題があるとも感じない。

例を挙げよう。こんな文。
- Istana: Menteri dari PKS Tak Diundang Hadir
その大臣は招かれないのにやってきたのだろうか?大臣は来たのか、来なかったのか?記
事を読んでTernyata memang mereka memang tidak diundang untuk hadir.という文を見
つけなければ、見出しを見ただけでは意味がわからない。シンプルな話がややこしくされ
ている。

英語の経済的な性質はひとを迂闊にさせる。外国語単語はしばしば、無造作につままれる
だけ。たとえば;
- Jokowi Resmikan Groundbreaking Rel Ganda KA Bogor-Sukabumi
インドネシア語のpeletakan batu pertamaは長くてくどい印象を感じるし、常にフィット
するともかぎらない。しかし記者は創造的でなければならないのだ。辞書というものは、
ある話題やコンテキストにピッタリな語を探すための単なる語義の手引きでしかない。そ
れゆえに、語彙の豊富さはジャーナリストにとって基本的な資本になるのだが、今のジャ
ーナリストたちはその弱点を抱えている。破綻ジャーナリストの石割における怠慢はグラ
ンドブレーキングという英語を使いこなすのに失敗した。ジョコウィ大統領自身がソーシ
ャルメディアの個人アカウントにすばらしい例文を書いているではないか。
- Hari ini pembangunan jalur ganda kereta api Bogor-Sukabumi dimulai.
シンプルで的確だ。

記者の語彙の貧弱さは作文における語法の混乱をもたらす。たとえばこれだ。
- (Lagu) Gugur Bunga Mengharu Biru Pemakaman
haru(感慨や感銘)という雰囲気から遠くかけ離れてしまった。mengharu biruの意味は
mengacaukan(感情が波立つ)なのだ。

語義が徹底的にコルプシされたふたつの言葉がある。usaiとpascaだ。
usaiはbubar, berakhir, selesaiを意味しているが、setelahの意味でもよく使われる。
- Usai terpilih sebagai Ketua Umum Partai Golkar, Airlangga Hartarto akan 
dikukuhkan di Munaslub
- Usai Sebulan Suami Meninggal. Suryani Gantung Diri
- Teknisi Tewas Usai Jatuh dari Tiang Listrik

pasca-はsetelahの意味を持つ連結辞だが、pascaoperasiやpascapanenのように時代・時
期・モメンタムのコンテキストで使われるものだ。連結辞であるために名詞にくっつけて
使われるために、次のような用法はできない。
- Kota itu butuh biaya perbaikan pasca-jatuhnya meteorit.
人名は名詞だが、RI pasca-Soehartoのように時代を意味する語法にならなければならな
いのだ。pasca-jatuhnyaという語法には無理がある。
- Pasca Trump klaim Yerusalem sebagai ibu kota Israel
この文では、人名のトランプは何かの行為を行った主体者になっていて、時代を示すもの
になっていない。

イギリスの未確認飛行物体のニュースについて、あるレポータはこう書いた。
- "Ada yang bisa buktikan itu benar-benar UFO?" heran warga bernama Randy Clarke.
heranは形容詞であり、動詞ujarを代替することはできない。こう書かれるべきだろう。
- "Ada yang .......UFO?" ujar Randy Clarke yang heran (terheran-heran).

順位について、スポーツ記者はインプロビゼーションを好む。
- Irene Sukandar Huni Peringkat Pertama Grand Europe
huniという単語の選択はあまりビューティフルでないのだが、レポータはあまりそんなこ
とを考えないようだ。別の例では:
- Duduk sebagai pemuncak klasemen sementara memengaruhi kondisi mental pemain.
ところが音楽レポータはこう書いている。
- Album terbaru Black Sabath puncaki tangga lagu Inggris,
主語のpemuncakや述語のmemuncakiはKBBIに採録されている。ということは、一般大
衆がそれらの語法を受け入れたことを意味しているのだろうか?これもレポータの手作り
品であるpemotorやpejilbabと似たようなものなのではないのだろうか?

こんなものを書く腕白なレポータもいる。
- Tiga Menteri Tiba di Kemenkoperek.
公的なニュースにこんな短縮語を使うのは場違いのおふざけだ。その短縮語が何なのかを
われわれは知っている。Kementerian Koordinator Perekonomianだが、perekがperempuan 
eksperimenという侮辱的なスラングであるということもわれわれは知っているのだ。