「ルフェールとペーパー時代(3)」(2025年02月24日)

その竹編み帽子の例が示している通り、たとえカンプン工業製品であったとしてもグロー
バルマーケテイングの関連で大規模工業とのシナジー能力を持っていることをかれは指摘
したのだ。およそ2百もある大規模製糖工場ですら、バンテン・タシッマラヤ・ムンティ
ラン・バウェアンなどの村々の住民が作る何千メートルもの竹ひご・ジュート袋・ござ・
竹編み篭などに大きく依存している事実は否定できない。

この指摘は同時に家内工業センターというものが、繊細な手工芸品生産センターと一般に
認められているバタヴィアやフォルステンランデンに限られるものでなく、ジャワとマド
ゥラに広範に散らばっている、粗雑な品物を作っているとしか見られていない小さい町々
もセンター機能を持てる潜在性を有しているというマッピングでもあった。

ルフェールの解説はいずれもが、ジャワの家内工業システムの中に存在している長い歴史
と確固とした伝統を詳述しようと努めている趣を呈している。バティックを再び引き合い
に出すなら、バティック布はインド文明が伝わってからマタラム時代に王宮の工業として
開花するまで、その生産は限定的なものになっていた。敬慕する王への貢物として宮廷に
仕える者たちが美しい手描きバティックを純心に作り、それを王に捧げた。王はその見返
りとして宮廷に仕える者たちを庇護した。

マジャパヒッ時代から行われていたとされている焼レンガ作りも同じだ。バルティヤカウ
ラと呼ばれた工人庶民層も、粘土を一個一個の型に入れる作業を国家への忠誠心の表れと
して真剣に行った。そして国家はその見返りに民衆を保護したのである。マジャパヒッ時
代に王宮や町の建物がすべてレンガ作りになっていたことをわれわれは知っている。


プリブミ庶民の家内工業を研究するに際してルフェールが採ったアプローチ手法は経済面
からの視点よりも文化面がより強く意識されていたことがわかる。この種のアプローチで
は、家内工業の生産方式の理解は単なる雇用者対被雇用者や生産者対消費者といった経済
取引関係を超えた、庇護者対被庇護者、言い換えればジェームズ・スコットの言うパトロ
ン=クライアント関係を基盤に置く総合的文化現象へと向かう。その思考方法の違いによ
ってルフェールは、当時のオランダ人リベラルキャピタリスト層が築いた主流派に対して
一線を画すことになった。

そればかりかルフェールは著書「ジャワとマドゥラの原住民の主要産業」の31ページに、
オランダ人や華人の輸入販売業者が繰り出す不健全競争のプレッシャーによって抑圧を蒙
っているプリブミのバティック製造者を擁護する言葉を書いている。オランダのトゥエン
テ繊維製品輸入業者が商品を示してその長所を言い立て、宣伝にこれ努めるのも理の当然
だが、プリブミ製の産品をけなすことでそれを行っている。ルフェールはかれら輸入販売
者たちにこう語っている。
「あなた方はあなたのそのアニリン種の布に戻りなさい。プリブミのバティック布はそれ
よりもっと素晴らしく、美しく、長持ちするのです。・・・チャンティンを冷静に布に当
てていくあのジャワ女性たちのやり方よりもっとすばらしく、もっと早く作れるなどと空
想してはいけません。あの速度が遅すぎるだとか、イライラしてくるなどと言ってはなら
ないのです。かれらは時間を所有しており、その冷静な色付けがひとつの美を生み出して
いるのです。・・・あなたの布の模様のほとんどは生命の通っていない空洞であることを
悟りなさい。それは時間を惜しむことによって魂の関与が起こらなかった結果できあがっ
た劣悪な製品なのであり、あなた方のセンスが往々にして鈍っていることがそこに投影さ
れているのです・・・」
[ 続く ]