「チャリウアン(3)」(2025年02月28日)

インドネシアに15年近く住んでいる年金暮らしの日本人男性があるとき、インドネシア
人の奥さんの連れ子(男児)を短大まで卒業させてやったというのに就職しようとしない、
とわたしに不満げに物語ったことがある。わたしは逆質問した。
「金を手に入れるための活動をまったく何もせず、親のすねかじりを決め込んでいるので
すか?」

すると、小遣いは与えているが、それ以外にいろいろ何かを行って金を手に入れているよ
うだ、というのがかれの返事だった。

それそれ、それがチャリウアンなのだ。一週間に35時間超の時間をチャリウアンに充当
させれば、その子は失業者の中にカウントされなくなる。ローカルのオフィスに雇われて
何年勤めようが毎年最低賃金をもらっているだけというような就職をするよりも、自分の
時間を自由に使ってピンタルチャリウアンを実践すれば、才覚次第で最低賃金の三倍四倍
は稼げるのではないかなとその日本人を慰めてみたものの、はたして得心してもらえたか
どうか?

就職して月給で毎月生きていくという常識図を描いている日本文化には、チャリウアン文
化がすんなりと理解できないかもしれない。インドネシアでは、個人で起業するひとはア
ントレプルヌールと呼ばれている。しかしそこで起こされる事業は社会性の含意が濃くに
じんでいて、チャリウアン族が行う事業とは色合いの違いが感じられる。


ここ数年間、不動産ブームに湧きたっているバリ島では、バリ島外からやってくる土地購
入需要に土地を世話することでブローカー収入が手に入るため、不動産業者はもとより、
不動産業とは無関係なバリ島在住の一般の人間が空き地を探して村々を走り回っている。

わたしの住んでいるバリ島の村でも、かれらの襲来を受けて空き地はもうほとんど姿を消
した。そのうちにバリ島の風情を感じさせるものは屋根に取り付けられたバリ風の飾り瓦
だけになり、住宅地の構造は他のインドネシアのどこにでもある田舎町のような、何の変
哲もない姿に変わっていくにちがいあるまい。行き着くところ、バリ島への憧れは神話と
化し、バリ島に住みたいために高い土地建物を買って別荘にするという人間もいなくなる
のではあるまいか。

ともあれ、この不動産ブームのおかげで十数年ぶりにバリ島の田舎の土地価格が大きく上
昇しているそうだ。土地を探してバイクで走り回っているひとびとはチャリウアンを行っ
ているのであり、言ってみればcari uang melalui cari tanahということになるだろう。

業界者でない者は、別の職業に就いていながらそんなことをしているかもしれないし、定
職を持っていない者も必ず混じっているはずだ。このブームが下火になれば、かれらはチ
ャリウアンの対象を別のものに移すに決まっている。


インドネシアでたくさんの女性が行っているチャリウアンの内容は、肉体労働から頭脳労
働まで多くのバリエーションがあるとはいえ、どうも物品販売が主流を占めているように
わたしには思われる。他人が作った物品を自分の商品にして販売する小売業ばかりか、自
分で生産したものを販売するケースもあり、その場合には製造販売業という事業内容にな
るのだろう。ともかく、相手が誰であれ、友人知人であろうがまるで見知らぬストレンジ
ャーであろうが、自分の商品を相手に気に入らせて買う気を起させるのが販売業というビ
ジネスの極意だろうから、チャリウアン族の成功者たちはその職業に就いても玄人はだし
でやっていけるのではあるまいか。

女性起業家国際連盟が企画したビジネスセミナーがクアラルンプルで開催され、インドネ
シアからも多数の参加者がKLに飛んだ。主催者が用意したグループツアーの機内でフィ
ーチェ夫人がたくさんの腕輪を腕にはめて通路に出、周囲の座席に座っている参加者仲間
たちひとりひとりに話しかけている。フレンドリーに自己紹介し、空港の様子がどうだっ
たとか最新ファッションなどについての会話を交わしながら、夫人が選りすぐった腕輪を
宣伝する。「今はこんな腕輪が流行ってるのよ。」

その中で気に入ったものを見つけたひとに夫人は自分の腕からそれを外し、その場で販売
する。モールのブティックなどではもっと高い値段が付けられているだろう。[ 続く ]