「チャリウアン(終)」(2025年03月03日) KLに着いた一行はセミナー会場のホテルパレスに滞在した。セミナーの合間の休憩時間 にかの女たちは適宜お化粧直しのために明るく清潔なトイレに入る。トイレと言うよりも 化粧室と呼ぶべきだろうか。 アニーさんが化粧を直して髪に櫛を当てていると、入って来た別の女性が話しかけてきた。 「あらあ、そのブローチとても素敵ね。色がとても生き生きしてる。」アニーが上着につ けているブローチを指差し、顔を近づけてじっくり見ようとする。 「ねっ、素晴らしいでしょう。わたし、何個か持ってきてるから、ご覧になる?」 そう言って化粧ポーチの中からブローチを数個出してアニーは台に並べた。こうして、化 粧室の中で販売成立。ふたりは名刺を交換し、ビジネスの話を語り合う。 カリマンタンのバンジャルマシンからこのセミナーに参加したマルディアナさんは、昼食 時間にみんなが食堂へ行くのに背を向けて自室に戻り、自分の大型トランクを運び出して 食堂入り口の脇に広げた。カリマンタン特産の土産物がたくさん中に入っている。もちろ ん自分の私物もちらほらと。 食堂を出入りするセミナー参加者たちの目は、トランクの中身に必ず落ちる。立ち止まっ てトランクの中を覗き込む人が何人もいた。食事時間が終わるころ、トランクの中にあっ たカリマンタンの土産物は半分くらいになっていた。 女性たちが行うビジネスの柔軟性のサンプルがそれらなのだ、とコンパス紙記者はコメン トした。女性ビジネス界の重鎮デウィ・モティッ女史もこう物語った。これはコンパス紙 の記事から引用している。 ビジネスというものは店舗やエアコンのきいたきれいな部屋が必須条件になっていない。 どんな場所であってもビジネスは行える。わたしの友人女性のひとりは、墓地で大きい注 文を獲得した。そのときかの女はある墓地へ墓参に詣でた。そして思いがけなく昔の知り 合いにその墓地で出会った。墓地というのは誰にでも簡単に思いがけない面会ができる場 所だ。面会のための煩雑な手続きなど一切不要であり、もちろん、誰と面会するのかすら 前もってわからない。その意味で無限の可能性を秘めているとも言える。 お互いに懐かしく打ち解けて話し合い、そして近況を物語ったときに知り合いが注文をく れた。かの女はそのとき詣でた墓の主にあとで語りかけた。「ありがとう。あなたは亡く なったというのに、まだわたしを助けてくれるんだから。」 女性が行うビジネスに男性のそれと違いがあるとは思えない。社会にジェンダー差別があ ったとしても、ビジネス実行者は男であれ女であれ、似たようなことをしているはずだ。 しかしビジネスというコンセプトの一部分を占めているチャリウアン行動には、性差があ るように思えてならない。 男は職業に就いて金稼ぎをするのが当たり前だから、その余暇の時間に他の何かをして金 を稼ぐ余裕はないという見解もあるだろうが、バリ島には自分でタクシー車を持ってタク シー運転手をしながら、民間企業の夜警に雇われてチャリウアンをしているバリ人もいる。 その間には本業も副業もないようだ。双方がかれにとっては自分の職業なのだろう。 上で見たように、インドネシアの女性たちが行っているチャリウアン行動には職業という 意識があまり感じられない。たとえそうではあっても、かの女たちが稼いだ金はまた消費 されて世の中に再流通することになる。 国の、あるいは世の中の経済を回すのは企業だけという姿に比べれば、チャリウアン経済 を包含している国の経済は重厚さにおいて優っていると言えないだろうか。ほんのちょっ とした小遣い稼ぎを国民の大多数が行っている国の経済は、強靭なものにならないほうが おかしいようにわたしには思われるのである。[ 完 ]