「大郵便道路(73)」(2025年03月28日) この国道1号線の西ジャワ州を通る区間には、ブルブスにあるような大規模な道路脇土産 物センターがあちこちに設けられていた。チカンペッ自動車道から国道1号線に入ってし ばらく走ったところにあったものが一番大きかったように記憶している。たまたまあると き、ルバラン帰省のための道路改修工事たけなわの時期だったためにノロノロ運転が続い て夜中にそこを渋滞走行したことがあった。道路脇仮設商店街はやはりブルブスのように 煌々たる光に包まれていた。そしてある売り場のはじっこに若い娘が三四人椅子に座って 談笑している姿を見て、この種の仮設商店街ではこんなサービスまで売っているのだとい う認識を得ることができた。 この種の商店街は多分、元々は街道を往来する運送トラックの運転手たちに食事や休憩の サービスを売るために作られたものだったように思われる。まるで自動車専用道のサービ スエリアみたいだ。 運送トラックの運転手は男が限りなく百パーセントに近い。男たちには食事やコーヒーや 仮眠などのほかに、買いたいサービスが他にあるのが普通だ。昔から、旅をする男たちは 旅先の宿でそんなサービスを買った。旅する男がたくさんやってくる土地の女はアルバイ ト稼ぎの機会が他の土地よりも多かった。日本でもそうだったように、同じ状況がインド ネシアにもあったのである。これが人類のユニバーサル性なのかもしれない。 ブルブスの特産品Telur asinとは塩漬けにしたアヒルの卵のことだ。鶏卵より大きめの青 みを帯びたアヒル卵は鶏卵より生臭みが感じられるものの、たいへんコクがあって美味し い。だからマルタバッアシンを買うとき、鶏卵とアヒル卵のチョイスがあれば、わたしは 迷わずアヒル卵を注文するのが普通だった。 しかし塩漬けのアヒル卵はときどき塩が効きすぎてまるで塩の塊のような味覚を与えるも のが混じっているため、マルタバッと同じようには扱えないのである。 ソロやヨグヤカルタの市場は塩気の薄い方が好まれているので、そちらへ出荷される商品 は塩漬け日数が12日間、その他の市場向けは15日間になっているそうだ。わたしは多 分、ソロやジョクジャへトゥルルアシンを買いに行かねばならないのだろう。 ヒンドゥ時代からジャワ島北岸のこの地域は、西はロサリから東はプマランまでがトゥガ ル領とされ、1678年までブルブスはトゥガルの町の一部を成していた。ブルブスの行 政がトゥガルから切り離されたその年にブルブスという名前の町が誕生したと言われてい る。その地名は、この説によればBaribis山に由来しているとのことだ。 ブルブスにはたくさんの川が流れ、川床の土地が穏やかな環境を作り出していて、アヒル が好む特徴を持っていた。アヒルは震動や騒音あるいはびっくりさせる破裂音やショック などを嫌い、穏やかな環境を好む。落ち着かない環境に置かれたアヒルの群れは騒ぎ、暴 れ、卵を産まなくなるそうだ。 2011年のコンパス紙には、ブルブスのアヒル養殖が1770年に始まったと書かれて いる。今のブルブスのアヒル養殖家たちは創業者から数えて第4〜5世代に該当するそう だ。県畜産局2010年データでは、アヒル養殖事業を行っている農家は県下18郡中の 11郡に650軒あり、25の組合を結成している。養殖されているアヒルは61.2万 羽いて、月平均520万個の卵を生産している。 2005年のブルブス県商工業投資調整局のパンフレットには、アヒル38.1万羽、卵 生産量年間5千8百万個と記されていた。長さ3.2キロという世界最長のアヒルの檻が ブルブス県に作られていた。 アヒル養殖事業の盛んな地方はジャワ島北海岸部の河川流域で広い平地になっているとこ ろであり、中でも直接海に流れ込んでいる川の周辺部は満潮のときに海水が陸地に上がり、 小エビが流されて陸地に転がるためにアヒルの養殖にもっとも適しているそうだ。おまけ にそういう場所の土地は他の場所よりも涼しく、そして震動が少ないので、アヒルにとっ ては天国なのだろう。 おまけにインドラマユからプマランまで広がる海岸平野は大水田地帯であり、収穫が終わ った水田にアヒルの群れを放せばアヒルは地面に落ちた米粒や地虫などを食べて満腹し、 しっかり卵を産んでくれるのである。養殖業者の中には、水田の脇にテント檻を作って夜 は放し飼いのアヒルをそこに入れるひともいた。[ 続く ]