「津波ボランティア」(2025年04月29日)

ライター: ジャーナリスト、マスメディア言語フォーラム議長、TD アスマディ
ソース: 2005年1月29日付けコンパス紙 "Relawan Tsunami" 

昨今、KBBI編纂者諸氏はきっと大変忙しくなっているだろう。2004年12月26
日に高さ20メートルに達する大波がアチェやニアス、東南アジアと南アジアのいくつか
の地域を襲って数十万人の犠牲者を出してからtsunamiという語が急激に飛び交うように
なったのだから。物質的損害の大きさははかり知れない。この災害によってtsunamiなら
びにrelawanという言葉の使用頻度が大きく引き上げられたのである。

そのふたつの語彙は2001年のKBBI第三版に既に採録されているが、WJS プル
ワダルミンタのKamus Umum Bahasa IndonesiaやJS バドゥドゥとスタン モハンマッ・
ザイン編纂のKamus Umum Bahasa Indonesiaにはまだ採録されていない。

次の新版に反映させるためにインド洋で起こったそのできごとをKBBI編纂者はメモし
ておかなければならない。なぜなら、赤い表紙の最新版にtsunamiの語義がこう記されて
いるからだ。
gelombang laut dahsyat (gelombang pasang) yang terjadi karena gempa bumi atau 
letusan gunung api di dasar laut (biasanya terjadi di Jepang dan sekitarnya)

その語義中の(biasanya terjadi di Jepang dan sekitarnya)という追加説明は抹消され
るべきだろう。ここ数年間にこの種のできごとはわれわれの祖国でもしばしば発生するよ
うになっているのだから。おまけにKBBI第一版(1990年)と第二版(1995年)
にはその追加説明が付けられていなかったのだ。もしも語源についての情報を加える意図
でそれがなされたのであれば、Jpを加えておけばよいのではないだろうか?日本語に由来
する語彙であることがそれでわかる。


relawanという語彙もKBBI最新版に採録されているが、矢印とsukarelawanが語義欄に
記されていて、その参照語彙の使用を推薦する姿勢が示されている。relawanという語彙
の使用は避けるべきであり、sukarelawanという表現にするべきであると編纂者は主張し
ているのだ。その主張は国民教育省国語センターが2003年に発行したBuku Praktis 
Bahasa Indonesia第2巻に記された内容によって正当化されている。

接尾辞 -wan は一般的にbangsa→bangsawan、harta→hartawan、olahraga→olahragawan
のように名詞に添えられるものであり、relaやpirsaのような動詞に接続した例はない。
pirsaという行為を行う人間をpirsawanと表現するのは誤りであり、正しい形態はpemirsa
なのである。

relaも接尾辞 -wan を付けてrelawanにするのは不適切なのだ。relaの語義はKBBIに
こう記されている。
bersedia dengan ikhlas hati
izin
perkenan
dapat diterima dengan senang hati
tidak mengharap imbalan, dengan kehendak atau kemauan sendiri

実際のところ、relawanという語彙は1984年にコンパス紙が掲載した、クスティニヤ
ティ・モフタルの書いたJiwa Relawan Melunturと題する論説に既に登場している。今は
亡き日刊紙インドネシアラヤの指導者のひとりが書いたその論説は、自発的に社会のため
に働こうとする人間が稀な存在になる一方であることを物語っている。

その後、この語彙は浮沈を体験し、1994年にrelawan Hotlineになったアグネス・ス
マルヤティ夫人に関する論説が出されて以降、その形がsukarelawanよりも一般的になっ
てきた。そしてロモ サンディヤワンが貧困庶民や虐げられた民衆のためのさまざまな救
済チームを作ってtim relawanという名称を使ったとき、この言葉は流行語になった。そ
のクライマックスが1996年7月27日にジャカルタのディポヌゴロ通りにあるPDI
党事務局建物で行われた強制執行措置の犠牲者のためのtim relawanの編成だった。


わたし自身、どうしてrelawanという形で使われるようになったのか、その詳しい由来を
知らない。relaという言葉をsukarelaと同義語だと思ったのか、それともsukarelawanと
いう語を長すぎると感じたひとびとが短縮するのを好んだ結果そうなったのだろうか?あ
るいはインドネシア東部地方の同胞たちが好んで行う慣習の影響を受けたのだろうか?イ
ンドネシア東部地方では、suと言えばsudahを表し、piと言えばpergiを意味する。

コンパス紙は今でも両方の形を使っているし、両方が同一紙面に混じり合って出てくるこ
とさえある。ある記事にはsukarelawanが使われ、別のニュースにはrelawanが使われてい
る。同紙社説はsukarelawanを使っている。

われわれはどうすればいいのか?誤りを長引かせないようにするため、sukarelawanを使
うべきだろう。sukarelawanになるということの意味は「dengan sukacita melakukan 
suatu pekerjaan tanpa rasa terpaksa」を表している。英語で対応するvolunteerをKB
BIはインドネシア語に摂りこんでvolunterというインドネシア語にしているとはいえ、
それはsukarelawanという語彙を確保した上でのことなのである。