「再・借用語の作り方」(2025年05月29日)

ライター: ジャーナリスト、TD アスマディ
ソース: 2007年8月24日付けコンパス紙 "Proklamator" 

1945年8月17日にインドネシアは独立した。ジャカルタは東プガンサアン通り56
番地の自邸の庭で午前10時にスカルノが独立を宣言した。宣言文はスカルノとモハンマ
ッ・ハッタがインドネシア民族の名において署名した。その独立宣言文書に署名したため
に、スカルノとハッタはProklamator Kemerdekaan Indonesiaと呼ばれている。

proklamatorという言葉に関連して、そのふたりの民族英雄について述べるのにプロクラ
マトルという言葉はどんな状況下で使われるのかと質問してもかまわないだろう。そして
また、その語義についても。

第二の質問には次のような確答をKBBIが用意している。
Orang yang memproklamasikan.
KBBI第三版まで、まったく同じ語義が続けれらている。他の辞書はどうだろうか?
Kamus Umum Bahasa Indoesia(Badudu-Zen)もKamus Umum Bahasa Indonesia(Yandianto)も
同じ語義を書いている。

Kamus Kata Serapan(Surawan Martinus)もKamus Kata Serapan Asing(JS Badudu)もその
語は外国語に由来していると説明している。マルティヌスはこう書いている。
proklamatorは英語proclamatorに由来しており、それは基語proclaimに人や行為者を意味
する-atorが付けられたものである。


不思議なのは、母語者が編纂した英語辞典にproclamatorが採録されていないことだ。
Oxford Advanced Learners's Dictionary(2000), Concise Oxford Dictionary(1954), 
Chamber's Children Illustrated(1977)などを調べても、見当たらない。

インドネシアで作られた英語-インドネシア語辞典にもproclamatorの語は採録されていな
い。Contemporary English Indonesia Dictionary(Peter Salim, 1987)にその語形は出て
来ず、proclamatoryが見られるだけ。Kamus Inggris-Indonesia(John M Echols dan 
Hassan Shadily, 1995)もproclamatorを掲載していない。

The Contemporary Indonesia English-Dictionary(Peter Salim, 1997)ではproklamator
がproclamatorと翻訳されている。

ひょっとしてオランダ語に由来していたのだろうか?
Kamus Indonesia, Indonesisch-Nederlands, Nederlands-Indonesisch(ALN Krammer sr, 
1951)に載っていたのはproklamasi:proclamatieとmemproklamirkan:proclamerenだけだっ
た。

だったらラテン語か?
Kamus Latin-Indonesia(K Prent cm, J Adisubrata, WJS Purwadarminta, 1969)にはその
言葉があった。682ページにproclamatorが見つかったのである。ところが意味はまるで違
っていた。記されていた語義はtukang teriak (di katakan soal pengacara yang kurang 
baik)というものだった。ありゃまあ!


proklamatorという形を作っている-orとはどんな意味なのか?ラテン語では、接尾辞-or
は名詞に付いて男性の行為者を示すものだとProverbia Latina編纂者のH Witdarmonoが述
べている。例として、regio(地区)に-orが付くとrectorになり、地区の最高位者を示す
言葉になるとの説明だった。

Harimurti Kridalaksanaは自著Pembentukan Kata dalam Bahasa Indonesia(2007)の中で、
-orはインドネシア語の語形成に使われるもののひとつであると解説し、その参照例とし
てdeklamator, koruptor, agresorなどを示している。

どうやらproklamatorという言葉は、標準法則から逸脱した、インドネシアのオリジナル
造語という理解をしなければならないようだ。この言葉はインドネシアにしかなく、イン
ドネシアでしか理解されない言葉なのだろう。インドネシアが独立したプロセスのように、
大いなるユニークさをわれわれはこの語に見出すのである。