「ラ ガリゴ(1)」(2025年06月04日)

運命をつかさどる、天上界と地底界の神々の中の最高位者であるダトゥ パトトケに報告
が届いた。二つの世界の真ん中にある地上はがらんどうで何もありません。

パトトケはさっそく天上と地底の神々を天上界の頂点に召集してこの問題を諮った。地上
に生命の種を撒かねばならない。地上を人間で満たし、地上に繁栄と賑わいをもたらさね
ばならない。地上界に人間の生活があればこそ、神々は拝跪される神になることができる。
拝跪する人間の存在がなければ神は神として存在できず、単なる天上界地底界の住人で終
わってしまう。


世界中のあらゆる民族は人類誕生の物語を、何らかの必然性をからめて言い伝えた。人類
が地上に誕生する必然性だ。現に自分が今そうなっているのだから、その因果関係が必要
になるはずだ。自分はどうしてここにこうやって存在しているのか?

人間を超越する何物かが何かを行って人類の祖を出現させ、後の人間には禁物にされた何
かを人類の祖が行って子孫を増やしたように推測される物語が少なくない。ともかくそれ
以来、人間は自分たちを作ってくれた大恩への感謝を示すために創造主に対して拝跪拝礼
するようになったのである。

古代ブギス人が作った伝承説話が14世紀ごろからロンタルに筆記されるようになり、1
9世紀にガリゴの書Sureq Galigoとしてまとめられて6千ページ30万行の詩編ができあ
がった。しかし古代人が作った話がすべてロンタルに書かれたのかどうかよくわからず、
また風化や虫食いなどのために破損して読めなくなったロンタルも多々あったそうだ。

ラ ガリゴは叙事詩であり、節をつけて唄われるものだ。ブギス族の重要な伝統催事では
いまでもこれが唄われているそうだ。このエピックはブギス人の人間観と宇宙観、そして
生き方の規範や社会生活を構成しているさまざまな価値観を伝えるものであり、ブギス人
の文化がそこに凝縮網羅されている。ラ ガリゴは2011年にユネスコの「世界の記憶」
に認定された。


集まった神々の中からルッケレン・ンポバがパトトケの前に進み出て来て、平伏してこう
言上した。
地上にわれわれの子孫を送って人間界を作れば良いのではありませんか。そうすることで
地上界も空っぽでなくなり、光り輝くようになるでしょう。天の下、大地の上に人間がひ
とりもいないなら、あなたは神にならない。あなたを神だと認める人間がいてこそ、あな
たは最高位の神になるのだから。

パトトケは考えた末に、妻のダトゥ パリンゲッにこう語った。
われわれの子供を地上に送って人間界の始祖にしよう。
そのアイデアは神々の会合に諮られて、議論の末に可決された。

パトトケは子供たちの中からバタラ グルを選び出した。バタラ グルが人類の始祖になる
のだ。バタラ グルはマヌルンゲになり、同時にムラタウになる。それらは天から降った
者、そして人類の開祖という意味だ。バタラ グルは虹を通って下界に降ろされ、一本の
大竹から雫になって大地に落ちた。

バタラ グルにとってその時が、かれの人生におけるもっとも悲惨な瞬間だった。最高神
パトトケの長男で、その後継者となるはずのバタラ グルがその地位を失ったばかりか、
神としての自分の属性もがすべて、自分の身体から消滅してしまったのだ。天上界に昇る
能力さえもが失われてしまった。

バタラ グルの心はその痛みに引き裂かれて粉々になり、パトトケにその苦衷を涙ながら
に訴えた。だが父親は言い放った。汝は人間であり、我は神である。パトトケがそそくさ
と息子の前から姿を消したのは、その苦しみを見ていられなかったからなのか、それとも
人間の臭いに耐えられなかったからなのか?神々が人間と長時間にわたって同席しないの
は、人間があまりにも臭いからだそうだ。[ 続く ]