「ラ ガリゴ(2)」(2025年06月05日)

だが時がバタラ グルの心痛を忘却に導いた。天上と地底の中間にある空虚な世界は、か
れの努力ですこしずつ満たされていった。そこに出来上がっていったあまりにも美しい世
界がかれに天上の世界を忘れさせたのである。かれは人間であることの幸福感を自分の内
面に見出した。

たくさんの苦難があり、苦労がある。しかしそれを克服して何かを実現させたときの歓び
は決して神に体験できないものだ。かれは自分が人間になったことに満足した。

バタラ グルは地底の最高神の娘、ウィ 二リッティモッを妻にして人間の子孫を作った。
4世代が経過して、天上界と地底界が地上で作った結合から生まれた人間が地上界を満た
し、大自然に包まれた美しい世界がそこに出現したのである。子孫たちは船を駆って世界
の隅々まで赴き、人間が住む大地と海を作り上げていった。

地上界を満たす重責を果たしたバタラ グルはまた神に戻され、天上界に帰ってパトトケ
の後継者になった。ウィ 二リッティモッも地底界に戻り、地上では天上と地底の神々の
子孫である人間が、神の属性を心身の奥底に秘めている人間が支配者となって繁栄を築き
上げていくのである。


このエピックに登場する人間たちはときどき、人間わざでないことを行う。古代人が抱い
たスーパーマンへの憧れと言ってしまえばそれまでなのだろうが、人間わざでないことを
神わざと言うように、神の子孫がその瞬間だけ神になるのだろう。ブギスの古代人もその
くらいのラショナリズムは心得ていたにちがいあるまい。

人類誕生ストーリーに続いて、スラウェシの諸王国に生まれたバタラ グルの子孫たちが
繰り広げた生き様がそれぞれのトピックとして物語られる。ある研究者は全編の登場人物
が少なくとも672人にのぼっていると書いている。異なるエピソードに別の名前で登場
するケースがあって、それは家系や身元環境の解説から判断できるものもあるが、すべて
がそうでないために自分の推定作業に完ぺきさの確信が持てないそうだ。

10件を超えるさまざまなエピソードの中で、多分インドネシアでもっとも人気の高いス
トーリーがサウリガディンの物語だろう。ルウ王国の皇太子であるサウリガディンが青年
期を越えて成熟して行く姿を描いたこの物語は海洋民族としてのブギス人の心根の奥底に
代々刻み込まれてきたにちがいあるまい。


西暦10〜14世紀に栄えたルウ王国はブギス族の最古の王国のひとつだった。古代のブ
ギス族はウェワンヌリウッとトンポティッカという三つの王国を作って鼎立していたとい
う言い伝えになっている。ルウ王国は王都を南スラウェシ半島の付け根にあるパロポに置
き、最盛時の版図は南スラウェシ半島全域からボニ湾をはさんで東南スラウェシ半島の西
岸部まで広がっていたようだ。言うまでもなく北は現在のルウ県や北ルウ県・東ルウ県な
どがその本拠地であり、トラジャもルウ王国の一部になっていた。

トンポティッカの後継と見られるボネ王国が14世紀、そしてワジョ王国が15世紀に興
り、ルウの覇権は徐々に衰微して行った。

歴代のルウ王の名は15世紀末ごろのト サンカワナが古文書に見られる最初のものであ
って、それまでの7人の王は歴史的信頼性の低い情報から得られたものと位置付けられて
いる。1587年に王位に就いた13代目の王アンディ パッティワレ ダエン パラブン
が最初のイスラム王になった。インドネシアにたくさんある、領地領民を持たない王家の
ひとつとしてルウの王家は今でも存続している。ところがルウ王国はこの地上のどこにも
存在しない。つまりルウ王国の最期はインドネシア共和国成立時にその領地領民を共和国
に提供して終わったということなのである。[ 続く ]