「ロティ ロティ・・(1)」(2025年10月06日)

インドネシア語でパンのことをrotiと言う。ヒンディ語やウルドゥ語でのrotiという言葉
はサンスクリット語のrotikaに由来していて、roti canaiのようなIndian breadを元々指
していたのだが、イギリス文化の流入によってヨーロッパ風のパンにもロティという言葉
が使われるようになった。しかしサンドイッチパンやロールパンなどは対応するヒンディ
語が作られず、そのままsaindavich bredやrol bredというような言葉でヒンディ語の中
に摂りこまれているようだ。

オランダ人がインドネシアに紹介した西洋風のパンは、18世紀のインドネシアに居住し
たオランダ人が東インド諸王国の上流層に自分たちの食べている固いパンを紹介したのが
事始めだそうだ。その後パンの製法が進歩して柔らかいパンができるようになり、オラン
ダ東インドの庶民が生活の中でパンを知るようになったのは1930年ごろ以降だったと
イ_ア語ネット内で説明されている。しかしそのころでもまだ、パンという食べ物は外国
人とプリブミエリート層の食べ物という認識になっていて、プリブミ一般庶民が愛好する
食べ物になるにはインドネシアの完全独立を待たなければならなかった。

オランダ人は自分たちが常食にしている西洋風のパンをbroodというオランダ語でインド
ネシア人に紹介したはずだから、オランダ時代のインドネシア人はその発音から西洋パン
をbrotと呼ぶようになったことが推測される。

なにしろ、オランダ人と交際する原住民は王侯貴族階層と下働きの一部庶民層のみであり、
オランダ人と一緒に固いパンを食べたのは王侯貴族層だけだっただろうと考えられるので
下働きの一般庶民には無縁の品物だったのではあるまいか。しかも王侯貴族層はできるか
ぎりオランダ語でオランダ人と交際するように努めていたそうだから、ブローツに対応す
る語彙を作ろうとは考えなかった可能性が高い。


インドネシア料理のレシピの中にroti brot goreng, bananen brot, sosis brot, pisang 
kapok brotなどのbrotという言葉が使われているメニューがある。オランダ語broodの発
音をインドネシア語式綴り方規則に従って書くとbrotになる。

ドイツ語でパンはbrotと綴られるものの、発音はオランダ語のbroodと瓜二つ。さて、イ
ンドネシア人が使うbrotという言葉はドイツ人から摂取したものか、それともオランダ人
からだったのか。完ぺきに断定するのは無理にしても、1930年ごろのインドネシアに
20万人ものオランダ人が住んで日常生活の中で現地民と交わっていたのに比べてドイツ
人は数百人しか住んでいなかったそうだから、インドネシア社会に入ったbrotがどちらか
ら流れ込んだのかはある程度察しがつくだろう。しかし綴りが同じであるというのを根拠
にしてドイツ語源だと言い張っているイ_ア人もいる。現代人類にとって、言葉は文字で
あり音でなくなっているという現象をわれわれはこの局面にも見出すのである。

バナナブレッドはドイツ人もオランダ人もよく食べるが、カポバナナブレッドはオランダ
でしか食べられていないようだ。


西洋人が西洋風のパンを紹介する前に華人が似たような食べ物をインドネシアに紹介した
歴史がある。マンタオ饅頭、バパオ肉包、チャックウェ油炸? 、コンピヤン光餅などの
食べ物をインドネシア人も作って食べるようになった。

面白いことに、現代インドネシア人の中にroti mantau, roti cakwe, roti kompyangなど
とrotiを付けて呼ぶひとがいる。他にもマリービスケットをroti mari、更にはマルタバ
ッ、ンペンぺ、ルンピアなどにもロティを付けて呼ぶインドネシア人がいる。

KBBIはrotiの定義を、小麦粉を主素材にした食べ物としているので、確かにそれらの
現象は論理的であるように感じられるものの、麺そのものを指すのにrotiを付けて呼ぶイ
ンドネシア人はいそうにない。インドネシア人がロティミーと言う場合は焼きそばをはさ
んだパンを意図しており、麺そのものを指してはいないのである。

現実に存在する諸現象を見てみるとKBBIの定義は概して正しいわけだが、ロティとい
う言葉をルンピアやビスケットに付けるひとびとの持っているロティの意味合いが、たと
え感覚的なレベルで使われているとしても、わたしにはまだ把握しきれない。つまりロテ
ィという言葉についてかれらの持っている語感がわたしの理解の中では輪郭のはっきりし
ないぼやけたものになっているのである。[ 続く ]