「ロティ ロティ・・(6)」(2025年10月11日) 1998年には小麦粉の国際相場が大変動を起こした。世界的な生産国で軒並み生産量の 低下が起こり、おまけに東南アジア諸国を通貨危機が襲ったから、ほとんどすべてを輸入 に頼っているインドネシアで小麦粉価格が維持されることはありえない。加えて通貨危機 は国産の物品にも容赦なくインフレをもたらした。ヨグヤカルタではそのために中小資本 のパン生産者250軒が廃業の危機に直面した。 それまで小麦粉68千ルピア/袋、鶏卵4千ルピア/KG、白砂糖230千ルピア/クイン タルを原料にして、それらの生産者はコルンベンkolmbengやキッkikを一回の焼き上げで 1,885個作っていた。その一回分の卸価格は170千ルピアで、製造原価は145千 ルピアだった。 ところが小麦粉80千ルピア、鶏卵6千ルピア、白砂糖310千ルピア、植物油6.3千 ルピア/リッターに値上がりしたあと、生産者の焼き上げ一回当たりの製造原価は173 千ルピアにアップしたのである。 その前からインフレの進行が需要の減少を引き起こしていた。州内外の流通業者が買い取 る量が低下傾向に入り、また商店やワルンに卸す量も減っていたから、事業のやりくりが 困難になった。それまで一日5回焼き上げていたから一日で9,425個が販売されてい たというのに、一日の生産量は3,770個に減ってしまった。値上げをすれば消費者が そっぽを向くし、かと言って使用原料を減らしてサイズを小さくしても販売戦線から脱落 するだけだ。 各生産者はだいたい25人を雇用しており、250軒の生産者が工場を占めれば6千人を 超える失業者が出ることになる。行政にとって頭の痛い問題になった。 それらジョクジャのロティカンプン生産者が作っているコルンベンという名のパンはオラ ンダ時代から作られるようになって今ではジョクジャ名物のひとつとされている。しかし コルンベンの元の言葉はジャワ語のKolo Mbiyenであり「昔の」という意味だそうだ。だ がそれはパンなのだから、現物はオランダ人がジョクジャ人に教えたものと見るべきだろ う。もうひとつのキッは間違いなくオランダ語のcakeに由来しているそうで、品物はシフ ォンケーキの形をしている。 昔のインドネシアでは、ありとあらゆる商品を巡回販売人が担いで売り歩いたから、住宅 地の住民は一日中家の中にいても暮らしに困ることがなかった。ナシゴレンやミーゴレン の作り売り、バソや軽食類、バパオや豆腐、伝統菓子類からかき氷やアイスクリーム、野 菜や果実、魚や鶏肉鶏卵、家庭で使う箒やバケツなどの生活用品類、庭に植える木や花の 苗、大きなものでは木製の机や寝台などの家具に至るまで、あらゆる商品が一日中家の表 を通るのである。巡回パン売りもその中のひとつだった。 食べ物の販売人はたいてい自分の名前を屋号にしていたが、他の品物はあまりそのような ことをしていなかったように思われる。天秤棒を担いで売り歩く者には屋号を書く場所が なかったかもしれないが、自転車に屋台を付けたものならどこかに屋号を書くことはでき ただろう。そんな中で巡回パン売りの売り物にはたいてい商品自体にブランドが付けられ ていた。そのポイントが他の巡回物売りと大きく違っているポイントではないかという気 がわたしにはする。販売者が生産者と近い関係にあるということをその現象が消費者に感 じされるのである。 ボゴールからジャカルタに移住したマストミはロティカンプンの巡回パン売りになった。 町のあちこちを走って馴染みになった客にパンを買ってもらうのだ。前日に注文されたパ ンを届けることもある。マストミはこの仕事を始めて以来、やめようと思ったことは一度 もない。小学校卒で何の技能も持っていないかれにも問題なくこなせる仕事なのだから。 しかも仕事をせかされたり、仕事に追いつめられるようなこともない。 馴染みの住宅地区へ行くと、住民が親戚扱いしてくれる。雨に降られたときは着替えをく れたりするし、ルバラン前にはルバランボーナスをくれることもある。かれはそれぞれの 客の好みを知悉していて、それに合わせて商品を持ってくるのだ。 しかしかれは自分の販売ルートを弟に譲って、自分はスリピ地区にあるショッピングセン ターの表で客待ち商売をするようになった。いわゆるカキリマスタイルだ。午前5時半に やってきて10時まで商売し、一度家に帰る。そして16時ごろやってきて22時までま た商売する。 雨が降ると売れ行きが激減するとかれは言う。みんなショッピングセンターから徒歩で表 に出て来ず、玄関口からタクシーに乗るために、外にいるパン売りのそばまで誰もやって 来ない。雨さえ降らなければ近くを通りかかるひとがパンを買っていく。みんな、簡単に 金を払ってパンを買うのだ。インドネシアの庶民にとって、パンはまったく日常的な食べ 物になっている。[ 続く ]