「ロティ ロティ・・(終)」(2025年10月12日)

菓子パンはせいぜい温めるくらいでそのまま食べるのが普通である一方、いわゆる白いパ
ンはたいていバターやマーガリンを塗ってから焼く。インドネシア語ではトーストのこと
をroti panggangと言うのだが、roti bakarというものもある。それらは同じ物の別称で
なくて、異なるものなのである。

イ_ア語ネットの解説によれば、料理に関してバカルというのは火の上で直接熱する方法
であり、パンガンというのはオーブンのようなものを使って直接火が当たらないようにし
て焼く方法だそうだ。だから日本人の餅を焼く方法はバカルに該当する。サテを焼く時に
使うような炉の上で焼くパンがインドネシアでロティバカルと呼ばれている。

しかしすべてのインドネシア人がバカルとパンガンの区別を厳格に行っているわけでもな
いようだ。インドネシアのホテルに泊まった時に朝食ビュッフェのレストランでパン焼き
器の近くにいれば、ロティパンガンとロティバカルの両方の言葉が聞こえてくるはずだ。
同様に、オーブンやフライパンを使って焼くチルンブ産ウビマドゥの名称を人によっては
ubi panggangと言ったりubi bakarと言っており、一定していない。


17世紀ごろのインドネシアにやって来たオランダ人は朝食のパンを食べるのに、たいて
いバターやマーガリンを塗ってからトーストにして食べていたそうだ。しかし食生活が豊
かになるにつれて、トッピングを載せてパンを焼くようになった。トッピングの筆頭はア
ニスを振りかけるものだったが、20世紀に入ってからチョコスプリンクスに主役の座を
奪われた。他にハチミツもあるが、ジャム・チーズ・肉などを載せて食べることもした。
クリームを塗ってチョコスプリンクスを振りかけた菓子パンは今でもインドネシアの人気
商品だ。まるでオランダ人が行っていたことがインドネシア人の伝統になったみたいだ。

さて、オランダ人が昔から行っている、トッピングを載せたりサンドイッチ状にして焼い
たパンを食べることを、インドネシア人も真似るようになった。1950年代ごろ、そん
なかっこうのロティバカルがインドネシア人の日常生活の中に登場していたそうだ。しか
し日常的に白いパンを食べるのはアッパーミドル層から上だっただろうから、一般庶民が
愛好するものにはなっていなかったかもしれない。

あちこちの町で夜に出現する食べ物屋カキリマが1980年代ごろから市民の人気を集め
るようになった。空地や道路脇あるいは晩の6時に店を閉めた商店の表に調理器具や素材
を載せた屋台がやってきて、椅子とテーブルを並べてそこをフレスコ食堂やカフェにする。
雨に備えてブルーのビニールシートを張るために、cafe tenda biruブルーテントカフェ
という洒落た呼び名が付けられた。

中にはステーキや日本料理を供するカキリマまで出現して世間をあっと言わせた。そんな
カフェの中にロティバカルも混じっていた。


ロティバカルを食べにくる客はたいてい、夕食を摂るのはヘビーだがちょっとお腹が空い
ているだけという感覚の若者たちで、友人や仲間と一緒に時間を過ごす小道具にするため
にロティバカルを選択するらしい。

たいてい白い食パンが二枚使われ、その間にフィリングを挟んで焼く。バターやマーガリ
ンを塗り、チョコスプリンクスや砂糖を振りかけたもの、あるいはチョコクリームやいち
ごジャムまたはコンデンスミルクなどを塗り、チーズを削って挟んだりスリカヤを入れた
り、バナナやコーンビーフを混ぜたりする。それを熾火の上でしっかりと焼くのだ。中に
はチーズ・鶏卵・コーンビーフを合わせてかき混ぜ、軽く炒めてマルタバッの具のように
したものをパンにはさんで焼くメニューもある。

ロティバカルと一緒に飲むのは、涼しい夜風で冷えた身体を温めるもの。ジョクジャでは
ウェダンジャヘやジンジャーミルクあるいはジンジャーコーヒーがロティバカル屋のメニ
ューに含まれている。バンドゥンやマランではそれらに変わってウェダンロンデが登場す
る。しかしジャカルタでは甘い紅茶・温かいオレンジジュース・温かいミルクココアなど
がメニューの中にある。もちろん冷たい飲み物も用意されているから、好きな飲み物で喉
を潤せばよい。

ロティバカルのカキリマカフェに客が増えるのは21時から深夜にかけてだそうだ。夕食
を摂ってからしばらくして腹が少し空いてきたひとびとの夜食にロティバカルはぴったり
なのだ。だからロティバカルは夜に限るとファンのひとりは言う。一切れのロティバカル
と温かいミルクココア一杯のおかげで翌日の朝までぐっすりと眠れるのである。[ 完 ]