「標準イ_ア語はKBBIで(1)」(2025年10月13日) ライター: 短編小説作家、ソリ・シレガル ソース: 2012年6月29日付けコンパス紙 "Ini yang Baku" 友人との議論は辞書を開くことで幕を閉じた。その辞書とは1988年出版のインドネシ ア語大辞典KBBI第一版と2008年出版のKBBI第四版。わたしはその両方を持っ ているのだが、第四版を調べることを忘れたのだ。議論はmesjidという言葉に関するもの だった。 この言葉について、わたしは第一版を参照して使っていた。第一版にはmasjid n mesjid と印刷されている。masjidは名詞でありmesjidと同義であることがそこから判る。mesjid の語義はrumah atau bangunan tempat bersembahyang orang Islamであり、masjidはその mesjidを参照せよというのがそこに表されている内容だ。 その前のページにはmesigit - > mesjidと記されていて、矢印が指しているのが標準語彙 なのである。KBBIはインドネシア語使用者にmesjidを使うように勧めているのだ。と ころが友人はKBBI第四版を示して、そこで標準語彙にされているmasjidを主張してい たのだった。 そのできごとはわたしに教訓を与えた。わたしはますます勤勉に辞書を開くようになった。 そして第一版と第四版が世に出た間の20年間にたくさんの変化が標準イ_ア語に起こっ ていたことが明らかになった。第一版ではfraseとfrasaの両方が標準になっていたのに、 第四版はfrasaだけが標準に認定された。ulatとuletも第一版は両方を標準にしていたも のの、第四版はuletだけに絞られた。 表紙が緑色の第一版ではyang terpenting, bagian utama, pokokを語義にするprinsipal が標準だったにもかかわらず、第四版で標準語彙はprinsipielに変化した。この調査でわ たしがもっとも参考にしたのは、辞書編纂者が標準語彙として推薦するのに使われている 矢印だった。 subyek, subyektif, subyektivismeも第四版でsubjek, subjektif, subjektivismeに変わ った。驚いたのはbatalionの人数が800−1.000から300−1.000に縮小し たことだ。kesatuan tentara yang merupakan bagian dari resimenという語義の構成人 数がどうして減ったのだろうか。誤植かも知れない。国語センターは国軍総司令部または 地方軍管区司令部に問い合わせるべきだろう。 第一版にはanalisa n analisisと記されているが、現在の標準はanalisisのほうだ。自尊 心を表現するポピュラーな語彙marwahは標準形がmaruahにされてしまった。きっとたくさ んの母語者がその音になじめないだろう。これまで文章を書くのにmarwahをよく使ってい たひとは、頻繁に辞書を調べて標準外になった綴りを書かないように気を付けなければな るまい。 このふたつの辞典の突き合わせ調査をしていけば、きっとはるかにたくさんの変化が見つ かるものと思われる。標準語彙の使用がおろそかになりがちなのは無理もないことだ。よ く誤りが起きる単語のひとつにpraktikがある。今でもひとはしばしばpraktekと綴る。何 が標準になっているのかを知らない場合もあるだろうし、ひっきりなしに標準が変化すれ ば、それを追いかける気にならないのかもしれない。もしわたしが第二版と第三版を持っ ていて、それらの間を調べ回れば、標準語彙の転変はもっともっとたくさん見つかるかも しれない。 KBBI内の綴りやもろもろの事柄は国語センターのトップをだれが務めていたかという ことに強く影響されるという一部の人の憶測が当たっているとすれば、われわれが文を書 くときに自分の理解している語彙が標準であるかどうかを逐一調べなければならなくなる。 こりゃたいへんだ。 将来KBBI第五版が出されるとき、国語センターのファイターたちがそんな状態に輪を かけるようにならないことをわれわれは期待するばかりだ。われわれが最新版のKBBI を買うとき、自分の知識を豊かにできる新しい採録語を見つけて楽しむだけにしてもらい たいものである。