「税(終)」(2025年10月25日) あるイ_ア人医師はオルラ時代の世相について、こんなことを書き遺している。 華人系プラナカン女性たちは実に賭博好きだった。みんなが誰かの賭博グループに入って いる。あるご夫人は賭博が大好きで、毎日グループが開くゲームに出かけて帰宅するのは 夜中。ご主人がほったらかしにされているのを誰かに注意されたそのご夫人は、夫に妾を プレゼントした。さあ、これで気兼ねなく賭博三昧ができるわ・・・ 華人(ばかりかプリブミの中にもいる)の賭博好き、酒好き、セックス好きはオランダ人 を呆れさせていたが、華人の蓄財能力には脱帽していたと米国人歴史家ウィラード・ハン ナがジャカルタ物語と題する著作に書いている。 華人の賭博好きから公益資金を集めようとムスリムのアリ・サディキン、ジャカルタ知事 が考えた。かれはジャカルタシアター・アンチョル・コタ・パサルスネンなどにカジノを 開かせ、プロマスの競馬場で賭博競馬、アンチョルで賭博ハイアライ、スナヤンでドッグ レースなどの開催を許可した。そこから上がった資金を使ってジャカルタの道路や河川の 整備、学校や保健所の建設などを行ったのである。 言うまでもなく、イスラム宗教界が知事の政策を強く批判した。賭博はイスラム教義で大 きい罪になっている。だが知事も反論した。それらの賭博場にプリブミが入るのは禁止し ている。華人や外国人だけが入場を許されているのだ。それほど賭博がお嫌いなら、皆さ んはヘリコプターを持たなければ外出できなくなりますよ。皆さんが歩く道路は賭博で作 られたものなのだから。 しかしインドネシアで決まりは破られるために存在している。華人女性の賭博狂いは上の ドクターの話でよくわかるが、プリブミ上流女性にも賭博マニアがいるのである。ジャカ ルタにカジノがあった時代、カジノの中ではプリブミマダムの姿も散見された。そして1 977年にジャカルタ知事が交替したとたん、すべての賭博施設が閉鎖された。 植民地時代のインドネシアで、贅沢品と見られるものの所有に税金がかけられていた。現 代人には信じられないようなラジオ税や犬税などが土地税や住居税の他にかけられていた のだ。ただしプリブミは固定資産にかけられる税金を免除されていたという情報もある。 犬が食用に飼われていると言われていたバタッ地方では犬税がオルバ期にも施行されてい た。そのころの県地方税には広告税・事業認可税・道路照明税・建築許可税・公共病院税 ・レストラン宿泊施設認可税・事業所税・自動車登録税などがあった。 1996年ごろのタナカロ県ではそれらの中に犬税も設けられており、犬税収入は広告税 や事業認可税の収入を凌駕していたという話が語られている。 広告税というのはあらゆる宣伝広告が対象になり、看板・ヴィデオトロン・自動車のボデ ィ・SMS・インターネットなど各媒体ごとに規定が異なっているそうだ。昔はほとんど が看板や壁に書かれたもので占められていた。それらの広告は広告主が自分で行わず業者 を使って広告を出させていたので、広告の許可を与えて税金を徴収する役所と業者の間で 癒着が起こった。 業者は役人の目をつぶらせて許可が下りる前に仕事を済ませようとするから許可を取ると いうことがなされなくなり、役所は税収がないまま広告が街中に立ち並ぶという結末にな った。10年前のジャカルタでは、広告税収は年間1兆ルピアあっておかしくないと言う 声があるにもかかわらず、4〜5千億ルピアの実績しかなかった。 南スマトラの山中で農園事業を行っている会社が農園に来る客に道順を示すために案内板 を街道に設置したところ、役所側に広告税を払わされたという話がある。インドネシアの 行政法の中で広告宣伝とは「商業目的のために何かを紹介し、勧め、プロモートし、大衆 の関心を引く行為」と定義付けられている。私企業が自社のために道案内板を街道に据え ることはその定義に該当するだろうか?[ 完 ]