「若者たち(4)」(2025年10月29日) 事業の成功者になり、政治活動のボランティアを行い、自然災害の救援人道活動に加わる 青年たちはインドネシアに大勢いる。社会的政治的な激動のニュースの下に青年層のそん な地道な活動が埋もれてしまうことはよく起こっているが、若者たちが社会の一部を構成 してその部分を成り立たせていることをわれわれは思い出す必要があるだろう。 インドネシアはたくさんの人種と宗教が混在する多種族国家だ。オランダの植民地にされ た広大な地域に元々あった、文化と宗教を異にするたくさんの種族社会が植民地という異 民族支配から独立するために合同してひとつの国家になろうとしたのが、インドネシアと いう国の発端だった。もともとバラバラだった諸種族をオランダの植民地主義が合同させ て対抗戦力にしてしまったと言える。 インドネシア人がその意識に到達したことを示す歴史的な記念碑が1928年10月28 日の第二回青年会議で採択された青年の誓いであり、多種族が合同してひとつの国家を興 すことは日本軍がやって来るはるか以前にインドネシア人の共通理解になっていた。イン ドネシアに国家思想が生まれたときから、青年はその重要な担い手になっていたのだ。現 実の歴史の中でも、独立革命期の武装戦力を青年層が担い、1965年のG30S政変や 1974年のマラリ事件、そして1998年のオルバ独裁体制を崩壊させた学生デモなど、 国の変遷の中で青年層が果たした役割は小さくないものがあった。 統一インドネシア共和国の土台が示している構図からひとつの帰結が導き出される。異な る種族・異なる宗教信徒が国民として平等に国家に対する権利と義務そして責任を担うと いうことがそれだ。共和国にとってメジャーになる種族もなければ、規範になる宗教も存 在しない。どの種族であれ、どの宗教信徒であれ、共和国の国民はそんなファクターとは 無関係に国家と国民という関係を築くのである。それが国民の平等性という原理を作り出 すことになる。 国民の間に存在している文化・人種・宗教などの違いがビンネカなのであり、それらの上 にインドネシア国民というトゥンガルなステータスが置かれて国家が形成される。ビンネ カトウンガルイカという国是は多様性の上に統一の衣を着せることを目指そうという理想 を語るスローガンでなく、それがインドネシアという国家の根本構造なのだということを 物語っている箴言なのだ。 過半数のインドネシア人がそれを正しく理解しており、自分のアイデンティティを種族や 宗教でなくて国民の位置に置いていることが上のアンケート結果からわかる。しかもかれ らはそれを単なる教条的なものにせず、日常の社会生活の中で実践している。異種族・異 文化・異宗教信徒が混在して住んでいる町内で催される勤労奉仕・夜回り・集会などに青 年たちも積極的に参加しているのである。[ 続く ]