「若者たち(5)」(2025年10月30日) 職業生活の分野で青年層はアントレプルヌールを望む者が過半数を占めている。もちろん それはインドネシアの社会全般が持っている傾向だ。独立自営業を営んで多くの人の役に 立つ存在になることが人間としてのより良いあり方と評価されている。事業主になりたい のは、他人に雇用されてただの労働力としてこき使われる愚を避けたいためだろうとわた しは見ている。 インドネシアの労働慣習の中に、昇給とは政府が決める最低賃金の上昇のことだという一 項がある。長期間ひとつの会社に勤めてひとつの業務の熟練者になろうとも賃金給料が年 功で上昇することがない。雇用された時に合意された報酬がインフレ率に従ってスライド するだけなのだ。そのために外資系企業が雇用して熟練者に育て上げた人間が、どんどん 退職して行くことが昔から起こっていた。今もそれが続いているのかどうか、わたしは知 らない。 退職者はやめた会社から手に入れた自分の熟練度を売り物として携え、より高い給料を求 めて別の会社に自分を売り込みに行くのである。それに対抗しようとして日系の会社の中 に、会社への帰属意識や献身などといった美徳を精神注入しようとしたところもあったよ うだが、ひとつの国家社会の中にできあがった慣習に対抗しきれたかどうか・・・・ だから能力のある者ほど会社組織に雇用されて働くことをバカバカしく思うにちがいある まい。かれらは自分の切磋琢磨が正当な形で自分に戻って来ることを欲し、その切磋琢磨 の産物が社会の多くのひとに効用をもたらすことを期待して自分の職業生活のスタートを 切るのである。 日本では、自営業を望んで職業生活をスタートする大学卒業生は5%前後だそうで、職業 生活とは会社に雇われることというのがきっと社会常識になっているだろう。その日本の ジョーシキのせいで、インドネシアで高校や大学を卒業した若者がどこかに雇われてサラ リーマンになろうと努めない姿を目の当たりにして「インドネシアの若者は怠け者だ」と とんだ勘違いを言い出す日本人が少なからずいるという話を聞いている。 能力を持つインドネシアの若者が興した事業も規模が大きくなれば人間を雇用することに なる。だがかれらが雇用するのはたいていが労働力なのであり、だから雇用された者を労 働力として遇するのが道理ということになるはずだ。経営幹部の雇用が必要になるのは、 資本規模が相当大きなものになってからではないだろうか。結局のところ、かれらが構築 する会社組織もかれら自身が雇われたくない組織という顔を持つようになる。 事業経営とはまた別に、自分の持っている資金の運用も若者たちは積極的に行っている。 古い世代に一般的だった貯蓄一辺倒というのはあまり多くない。そんな中で、資金運用機 関に金を預けることもすれば、テクノロジーベースの資金運用機関に対してその事業に投 資するインベスターになる若者も少なくない。つまり客になるのでなく、起業者の側に与 するのだ。かれらと同じ世代の若者が始めた資金運用機関にミレニアル世代・大学新卒者 ・青年プロフェッショナル層などから経営資金が集まって来る。 そのような資金運用機関の中には、集まった運用委託資金を小規模自営業者に貸し付けて 利子収入を資金運用委託者への配当に使っているところもある。その機関から借入を行っ ているメインのひとびとというのは全国の村落部で中小規模の事業を行っている女性アン トレプルヌールたちなのだそうだ。借入者は1万人を超えている。 若者たちはデジタルテクノロジーを活用して国家と国民が行う活動へのコラボをも行って いる。大統領選挙や地方首長一斉選挙の投票カウントを手伝ったのもそのひとつであり、 またバリ島の海岸からプラスチックゴミを排除する運動を皮切りにして、全国427ヵ所 の海岸からプラスチックゴミを排除する実績をあげた。[ 続く ]