「遊びの伝統(1)」(2025年11月01日) 21世紀に入るころまで、街中で複数の子供たちが伝統的な遊びを行っている姿がインド ネシアにも見られた。放課後の校庭でgatrikを遊ぶ一群の子供たち、住宅地の狭い路地で petak umpetを遊ぶ男女児たち、家の表テラスでcongklakに興じる数人の子供たち・・・ ・・・ ガトリッというのは長短二本の竹棒で遊ぶゲームだ。ゴールを決め、そこからだいぶ離れ た位置にスタート線を引く。二組のチームに分かれ、両チームの先頭打者が同時に長い竹 棒で短い竹棒を野球のように打ってゲームが始まる。短い竹棒が落ちた場所へ走って、次 の打者がそれをホッケーのように地面にあるままの状態でゴール目掛けて打つ。そうやっ て打者が交代し、最終的に短い竹棒を先にゴールへ入れたチームが勝利者になる。プタッ ウンプッはカクレンボ。 チョンクラッはdakonとも呼ばれるボードゲームで、中東アフリカで発祥しアラブ人ある いはインド人が東南アジアに伝えたと考えられている。インドネシアでの一般的な遊び方 は16ヵ所のくぼみが掘られた長い木の板をはさんでふたりが対戦し、98個のコマがす べて自分のくぼみに入った者が勝利者になる。コマは伝統的に小さい貝殻が使われてきた が、小石や木の実でも代用されている。 21世紀の最初の四半期を過ぎようとしているいま、そんな光景はもう都市部のどこにも 見当たらない。われわれの耳に警句が聞こえる。「ある民族を破滅させるには、若年層の 記憶から歴史・文化・民族アイデンティティを消し去るだけでよい。」 文化とは昔の遺物・建築物・食べ物・布の文様などといった明示的なものだけが持ってい るのではないのだ。種々の伝統的価値観とそれに合わせて形成された言語表現や昔からの 素朴な遊びの中にも文化はたっぷりと含有されている。 子供の世界から「一緒に遊ぶ」行為が影をひそめるようになっていったのは人類のライフ スタイルが個人主義指向を深めたことと無縁ではないだろう。それは人間の活動にひとつ のオリエンテーションを与え、さまざまな活動に規範をもたらし、果ては都市の物理的な 構造にまで影響を及ぼした。人類がみずから、自分たちの生き方の方向性をそのように選 択したからだ。 伝統的な子供の遊びには5つのカテゴリーがあるとインドネシアのアート研究家は語って いる。そのひとつは大人が行っていることの真似をするもの。石や砂などで家やその他の 舞台を作り、端切れ布や紙で人形の衣服を作る。ヤシの葉や草で作った人形にその衣装を 着せ、人形に大人の諸活動を行わせる。一種の即興人形劇だ。 この「ごっこ遊び」では生活環境の中にある自然を利用して何かを作り出すことが頻繁に 行われ、形が似ている木の葉や石を探し出し、あるいは少し手を加えてその物であるかの ようにイメージする。遊んでいる本人たちはそのストーリー展開の中に没入し、それがま るで現実であるかのように夢中になる。 それらはシーンによってpasaran, mantenan, dayoh-dayohanなどの名称で呼ばれている。 買い物シーン、結婚式シーン、来客シーンがその意味だ。[ 続く ]