「遊びの伝統(3)」(2025年11月03日)

最後が歌。子供の遊びには往々にして歌と振りが付随する。sleborという遊びは日本の通
りゃんせと同じ。じゃんけんで負けたふたりが対面して両手を伸ばし、互いの手を握って
門を作り、最初は高く掲げる。他の子が一列に並んで合唱しながら門の下を通る。

slebor-slebor mondar mandir dahar bubur, kepanasan mondar mundur, sle... bor
最後のborと言うところで掲げられていた手が下に降りて門が閉まり、そこにいた子が捕
まる。捕まった子は門係りの後ろに並ぶ。門が長くなり、通る子の列が短くなっていく。

スレボルの歌も韻が踏まれている。ブタウィでは子供たちまでがホンモノのパントゥンに
なじむ。中東風のメロディで唄われるPak Pung Pak Mustafeではブタウィ語の歌詞が完全
なパントゥンになっていて、パントゥンの世界でおなじみの即興詩人たちが内容をさまざ
まに変えて唄う。だがブタウィ人の世界では深刻さを他人に示すことが禁物にされており、
粗野と上品の違いはあってもおかしみが必ず付いて回る。

Pak Pung Pak Mustafe, Si Dule di rumahnye
Ade tepung ade kelape, Masak gule aduh enaknye
このヴァースをブタウィ文化人リッワン・サイディは
Pak Pung Pak Mustope, Pak Dule di rumenye
Ade tepung ade kelape, Ade gule di tengenye
と書いており、リッワンはこれを謎かけパントゥンのひとつとして紹介している。デンプ
ン粉とヤシの果肉の間に砂糖があるモノって、何なのだろうか?


Emillia Contessaの唄でヒットしたこの歌にはオルケスムラユ風のブリッジが添えられて
いる。この部分はインドネシア語が使われているのでヴァースとの一貫性が感じられず、
後で作られたものであることがわかる。

最初のブリッジ
Jangan engkau sendiri saja. Mari mari ikut menyanyi
Tak berguna hatimu gusar. Ditinggalkan kekasih hati
エミリア・コンテッサは最初の部分をJangan anda bersedih sajaと唄っているようだ。

二回目のブリッジ
Bunga mekar bunga Kesuma, Harumnya bagai bidadari
Hilang pacar soal biasa, Jodoh nanti datang sendiri

インドネシア語のrumahはブタウィ語で一般的にrumeになるが、地域によってインドネシ
ア語の影響を受けてrumaと言う地域もあればrumahを使う地域もある。インドネシア語の
tengahも一般ブタウィ語ではtengeになる。発音はトゥ~ゲだ。問題はguleなのだ。

料理のgulaiは往々にしてguleと訛って発音される。一方砂糖のgulaはブタウィ語の語尾
変化でguleに変わる。さあ、masak guleとada guleは同じ物を指しているのか、それとも
別物か?[ 続く ]