「遊びの伝統(7)」(2025年11月07日)

種族ごとに名称が異なっているように、その言葉で呼ばれる種族文化の産物としてのコマ
も独自の形態や様式を備えている。その意味から、インドネシアという多種族国家はコマ
の宝庫だと言えるだろう。あるイベントオーガナイザー事業家は全国にあるさまざまなコ
マの収集を趣味にしており、国内全州から集めたコマが354種類に達している。

次は州単位から県市単位にレベルを広げたいと考えていて、それが成就した暁には1千種
をはるかに超えるのではないかとかれは推測している。ダビングカルチャー理論から見れ
ば、他文化のユニークな形態のものが摂り込まれて自文化の特徴と融合したものが作られ
るのは自明の理だからだ。

かれの説明によれば、ロンボッの伝統的なコマはバナナハート(バナナのつぼみ)の形に
似ているためにgasing jantungとも呼ばれている。しかしそれだけでなく、空飛ぶ円盤に
似た平らな形態もあれば、nyamplungの実のような球形のものもあって、それはガシンニ
ャンプルンという名称で表現される。ニャンプルンというのは日本でテリハボクと呼ばれ
る常緑高木だ。ロンボッのコマは百年以上の長期にわたって進化を遂げてきたとかれは物
語る。

元々ロンボッのコマはガシンジャントゥン型だった。それが平さを増して円盤型に変化し
ていった。素材も多様化して木だけだった本体に金属が加えられるようになった。トップ
・ボトム・ボディの形状の変化と金属の取り付けは、コマの回転を安定させて回転時間を
長くする効果を追求して行われたものだった。大きな空飛ぶ円盤状のコマが45分間回り
続けることに驚かない者はいないだろう。

マルクやパプアのコマは小さめの球体にロリポップの棒を付けたような形態だし、ジャワ
島の中部では竹の棒を短く切って両端に蓋をし、芯棒を中心に通した筒状のものが一般的
で、竹の空洞が音を出すように竹の胴の一部に穴をあけたものがよく知られている。ジョ
クジャ発祥の竹製ガンシガンがそれだ。ジョクジャには木を円錐形に造形したガシンもあ
るのだが、その木製のものをパトッと呼ばずにガンシガンと呼ぶ人もたくさんいるので、
定義では呼び分けをすると書かれているものの、現実にどれくらいの人がその定義に従っ
ているのかはよくわからない。言葉だけで意思疎通が完ぺきに行われているのでないとい
う人間の柔軟性をわれわれはその事実に見ることになるのである。


コマの起源は古い昔にさかのぼり、考古学発掘調査でもしばしばコマの遺物が出土してい
る。そんな古い伝統が現代にまで連綿と生き続けているのだ。昔のコマはたいてい木製で、
紐は樹皮が使われていた。

東ジャワ州クタイでは、ブガシンは西暦紀元4世紀ごろのクタイ王国時代から民衆が遊ぶ
ものになっていた。コマ回し芸の優れた者が王国の儀式の中で一幕を演じることもあった
らしい。最初はkatuの木の実がコマに使われていた。

南シナ海に位置しているナトゥナ諸島では、オランダ人がやってくるはるか以前からコマ
遊びが行われていたと語り伝えられている。北スラウェシでは1930年代にコマ遊びが
紹介されて流行した。中部ジャワのドゥマッでは雨季が終わって乾季に移ると住民のコマ
回し遊びが活発化する。スマトラのブンクルではイスラム暦新年の祝いに大勢の住民がそ
れぞれコマを回して新年を祝う。

ナトゥナではコマを作るための樹を伐る際に良き日を選んで神事を行い、日の出の太陽に
身体を向けて樹を切り倒すのが作法になっているそうだ。[ 続く ]