「インドネシア鉄道史(46)」(2025年11月25日)

1895年にモジョクルトとシドアルジョ県ポロンを結ぶ鉄道路線事業の認可を得たモジ
ョクルト蒸気鉄道会社Modjokerto Stoomtram Maatschappij (略称MSM)はモジョクルト〜
バンサル〜モジョサリ〜ジャパナン〜ポロン36KM区間とジャパナンから分岐してパンダ
アンに至る11.3KM区間を1898年11月1日に同時に開通させた。さらに1899
年9月18日からパンダアン〜バギルとバンサル〜プグランで列車運行を開始している。

路線図は次のようになっている。
Mojokerto - Bangsal - Mojosari - Pungging - Wonosari - Wates - Japanan - Gempol 
- Porong
Bangsal - Pugeran
Japanan - Pandaan - Bangil

このMSMのモジョクルト自社駅はSSのモジョクルト駅にくっついていたような解説が諸情
報の中に見られる。さらにMSMはOJSのモジョクルト駅(Mojokerto Kota)まで線路をつない
でいたようだ。

MSMの列車運行は高頻度で行われ、モジョクルト〜ポロン間は一日3往復、パンダアン〜
バギル間とバンサル〜プグラン間は一日4往復していた。砂糖生産のピークシーズンは毎
年7〜8月であり、そのシーズンになると運行回数が増やされた。しかし列車の入れ替え
作業が頻繁に行われるために遅延も頻発し、スケジュールが狂うのも日常化していた。だ
からマスコミはMSMをmeestal stoppen maatschappijと読み替えていたそうだ。

この路線は1969年に閉鎖された。モジョクルトエリアの都市計画に合わないこと、そ
して他県との間を結ぶ線路が国道の脇を通っていることがその理由だったそうだ。MSM鉄
道路線は1980年代を待たずして姿を消した。[ 続く ]