「KBBIへの提言(5)」(2025年11月29日)

ライター: スエーデン語インドネシア語辞典編纂者、アンドレ・モレン
ソース: 2011年6月3日付けコンパス紙 "Janjikan Teror" 

2006年4月7日のこのコラムでわたしはjanjiという言葉を議論した。その際に達し
た結論は、その言葉に対する一般の理解がKBBIの解説とほとんど逆のものになってい
るということだった。janjiという言葉は往々にしてjanjiと逆の意味のjanji gombalの同
義語として使われている。じつに興味深い展開ではないか。

そのポイントはさておいて、janjiという言葉をもう一度見てみようではないか。KBB
Iは動詞menjanjikanの語義をmenyatakan kesediaan dan kesanggupan untuk berbuat 
sesuatu kepada orang lainとしている。さらにAparat keamanan negara menjanjikan 
akan segera membereskan kehebohan.という例文が示されている。この例文にはberjanji
のほうがより適切ではないだろうかという疑問を持つ人がいたとしてもおかしくないだろ
う。だが今ここではその問題には触れないでおく。


しかしKBBIが記している第二第三の語義を読んで行くなら、われわれはmenjanjikan
という言葉が善意とポジティブさに結び付けられている事実を知ることになる。ジャンジ
とは何かを行う用意があることやそれを行えることを表明する言葉という第一義の意味と
違って、与える・助ける・来る・面会するなどといった善意の行為と結びついていること
がそこに示されているのだ。

それを踏まえた上で最近の新聞紙上の記事タイトルに目を移すなら、読者はきっと驚くに
違いない。menjanjikanがそれとまったく反対の理解で使われているもののひとつにこん
なタイトルがあった。ノーベル平和賞受賞者バラック・オバマの命令一下、最大の敵オサ
マ・ビン・ラデンを暗殺した米軍特殊部隊のニュースが流れたあとに出た記事だ。そこに
書かれていた文句はAl Qaeda Janjikan Teror。

もっと以前に、国内の民主化運動を支援するためにリビアを攻撃して来た国際侵攻部隊に
対してモアマル・カダフィがmenjanjikan perang panjangを宣言しているし、また別の事
件ではイスラエルがガザ地峡の分離主義者に対してjanjikan kekerasanを表明している。
それらを見る限り、昨今のmenjanjikanの用法はネガティブなことがらにも使われている
のである。

われわれインドネシア語使用者がjanjikanの語法を拡大させるようになったのはどうして
か?もっと妥当な代替語はなかったのだろうか?その後者の面からまず調べてみよう。

与えたり、助け・来訪・面会などを行う用意があることやそれを行えることを表明する言
葉がジャンジの意味であることをわれわれは理解している。だからその反対の、他者に損
害を与えたり、困難・苦難・災いを与える用意があることやそれを行えることを表明する
言葉をわれわれは探すことになる。それを示すピッタリした言葉は何だっただろうか?
そう、mengancamだ。

アルカエダはオサマの殺害者に対してjanjikan terorを行ったのでなくて、正確に言うな
らmengancam akan melakukan aksi terorを行ったのだ。ところがmengancamという語は
perangやterorなどの語を後ろに直接付けることができないために簡潔な文構造にするの
が困難なのである。menjanjikanはその点における自由度が高い。

多分そのためだろう、間違った理解を招くmengancamの語法が増加しつつあるようにわた
しには思われる。紙面のスペースを縮小したい欲求と言葉を研ぎ澄ますことへの怠惰がそ
の現象を生んでいるのではあるまいか。