「プラムディヤの大地」(2025年12月10日)

この共和国はヌサンタラの歴史の中できわめて重要な役割を担ったアチェを痛めつけるよ
うに呪われてしまったのだ、とプラムディヤ・アナンタ・トウルはインドネシア共和国を
評した。プラムディヤは1995年に発表した小説Arus Balikの中に、その時代のアチェ
のクロニクルを盛り込んだ。マタラム神話がインドネシアを覆うようになる前の、16世
紀のヌサンタラ史の中に興った海洋型王国の盛衰をテーマにしてかれはその作品を産み落
としたのである。

とはいえ、世界の34を超える出版社がドイツ語・オランダ語・中国語・ロシア語・スエ
ーデン語・英語などの諸国語訳を送り出したブル島テトラロジー中の代表作であるBumi 
Manusiaのフラグメントに盛られたアチェの悲話ほど心を切り刻まれる内容は他にあるま
い。ただし、Bumi Manusiaという作品はアチェをテーマにしているわけではない。


小説「人間の大地」の中に、主人公のミンケが友人のフランス人ジャン・マレーの作った
スケッチの構図を目にしてしばらく呆然とするシーンが登場する。ジャンはオランダ植民
地軍兵士だったが、退役して新聞の挿絵画家になった人物だ。

竹編みの笠と剣から明らかに植民地軍兵士と分かる男がアチェ戦士の腹を踏みつけている。
そして兵士の持っている剣付き銃が戦士の胸に突き付けられている。銃剣は戦士の黒い上
着を押さえ付け、その上着の隙間から若い女の乳房の一部が表れている。女は目を見開き、
黒髪は散らばった竹の葉の上に流れ、右手は使えなくなったパランを握り、左手で身を起
こそうとしている。

その光景はジャンがアチェで体験したものだった。19世紀末から20世紀初期にかけて
オランダ東インド政庁はアチェのゲリラ対策としてmarsoseと命名された警察部隊を派遣
した。植民地軍の指揮系統と別になっていたとはいえ、共同作戦は頻繁に行われた。ジャ
ンはアチェでマルソセの一員として働いていたのだ。

アチェ人は独特の戦法を使った。天然自然を巧みに利用して戦闘能力を高め、植民地軍を
翻弄し撃破した。会戦で敗れても、アチェ人は抵抗を続けた。アチェの王宮が陥落してオ
ランダ人がそこの支配者として君臨するようになったあとも、アチェ人の戦争には終わり
がなかった。

スケッチの中に描かれた女は殺されなかった。アチェの沿岸部で生まれたその娘は殺して
くれとジャンに懇願した。アチェの娘にとって異教徒の男に身体を調べられたことは死に
値するほどの恥だった。しかし時が奇跡を起こした。兵士と捕虜の間に心のつながりが生
まれ、愛情に発展した。愛は文化の子供であり、異文化人同士の間に愛が即席で湧き起こ
ることはない。

そしてその愛がメイという名の女児を授けた。フランスとアチェのプラナカンだ。しかし
メイには母親の記憶が与えられなかった。アチェ娘の弟が密かにマルソセ営舎に忍び込み、
一族に恥をもたらした姉の生命を絶ったのである。弟もマルソセの銃弾で姉の後を追うこ
とになった。


このエピソードをプラムはどこから仕入れたのだろうか?プラムの履歴を見るかぎり、か
れはアチェの風土を身近に知っている人間ではなさそうに思われる。裁判もなく権力者の
意向でブル島政治犯キャンプに送り込まれたひとびとの間に生まれた交流がそのフラグメ
ントを生んだことは大いに想像される。

プラムは言う。どんな時代のどんなレジームであろうとも、人間は正しくフェアに生きる
ことに努めなければならない。どれほど高い学歴を得た人間であっても、いつもフェアに
生きることに努めるのが大切だ。頭の中でそれを意識しているということだけでなく、行
動の中でそれを示すのだ。