「インドネシア鉄道史(63)」(2025年12月12日)

2年前にはそのルートをビジネスクラスの列車が走っていた。所要時間2時間半で、片道
料金は2.5万ルピアだった。しかし採算が取れないために廃止され、エコノミー列車の
シアンタルエクスプレスだけが唯一の運行列車として残った。

プマタンシアンタルの駅ではメダン行きとビンジャイ行きの切符が販売されている。ビン
ジャイ行きは片道料金が大人1.8万ルピア、子供1.5万ルピア。しかしプマタンシア
ンタルから乗った客車はメダンまでしか行かない。メダン駅でビンジャイ行き列車に乗り
換えるのだ。メダン〜ビンジャイ間の所要時間は1時間。

メダンからプマタンシアンタルへ行く場合はどうなるのだろう?メダン駅17時発ラブハ
ンバトゥ〜ランタウプラパット方面行きの列車に乗るのである。来た時と同じようにトゥ
ビンティンギで客車2両が切り離され、別の機関車につなげられてプマタンシアンタルに
向かうことになる。プマタンシアンタル到着は21時だ。この夜行便の車窓からの風景は
闇以外の何物も期待することができない。


一方、キサランから東に向かうタンジュンバライ行きと別れて南のKotapinangに向かう路
線建設が1929年に計画され、ランタウプラパッに到達して1937年に114KM区間
の開通式が行われた。この路線工事はそこでストップし、リアウ州との州境に近いコタピ
ナンの町に列車がやってくる日は来なかった。
1937年8月19日 Kisaran - Hengelo - Teluk Dalam - Aek Loba - Mambang Muda 
- Situngir - Pamingke - Padang Halaban - Merbau - Rantau Prapat
このキサラン〜ランタウプラパッ線の列車運行は今も行われている。

メダンの西部をカバーする路線はビンジャイからクアラに向けて20.5KMの建設工事が
計画され、ビンジャイ〜スルセ区間までが1890年12月19日に開通し、クアラまで
列車が届いたのは1902年11月5日だった。
Binjai - Tanjung Jati - Seleseh - Padang Cermin - Kuala
この路線は2002年の河川氾濫で鉄橋が流されたために閉鎖された。[ 続く ]