「ナイトトレイン(6)」(2025年12月26日)

公徳心を意味する英語表現であるa sense of public spiritやcivic-mindednessに相当す
るインドネシア語としてrasa bermasyarakatという言葉が見つかる。インドネシアの伝統
文化の中に存在するラサブルマシャラカッについての説明として次のような徳目が語られ
ている。

*ゴロンロヨン:何らかの大きい仕事を行う際の協力と協調精神。たとえば昔のインドネ
シアに家を建てる大工はおらず、個人が家を必要としたときに村人が総出でその個人のた
めの家を建てた。家を建ててもらった個人は別の村人の家をみんなが建てるときにそれを
手伝いに行った。

*ムシャワラとムファカッ:共同体や組織が何かを決定するとき、徹底的に協議し、全員
が納得した内容を決定項にする。1954年制作の米国映画で、ヘンリー・フォンダやリ
ー・J・コッブなどが共演したTwelve Angry Menという作品はこの概念をドラマにして見
せてくれているものだとわたしは考えている。

*家族主義:社会交際におけるヒューマンコンタクトをあたかも家族が行うもののような
スタイルで行う。初対面の赤の他人に対して、その人物の年恰好に応じて祖父母や父母あ
るいは兄弟姉妹に対するような振舞い方で行い、宥和的で温かい雰囲気のヒューマンコン
タクトを演出する。

*トゥポスリロ/トゥンガンラサ:共同体構成メンバーが種々の文化の人間なので、相手
の持っている価値観を容認し尊重し、対立を避けて双方が歩み寄りながら快適な共同生活
を営むことに努める。


インドネシア人の社会生活というのは、単に価値観の異なる赤の他人が寄り集ってルール
に従いながら秩序ある集団生活を送るというレベルにとどまらず、構成員同士がもっと積
極的に関わり合い、相互に尊重し合い、理解し合って、生活の福祉と繁栄を共同で高めて
行くあり方を理想に置いており、政府が国民にそれを呼びかけながらみんなで努力する形
態になっている。価値観の異なっている人間がそれぞれの価値観に従ってソサエティを設
け、それらが円満に共存するというのでなく、価値観の異なる人間が混じり合って単一の
ソサエティを作るというものだ。ビンネカトウンガルイカはそれを意味している。

日本語の公徳心という言葉の定義そのものがインドネシアの社会生活の中に横たわってい
る事実を見るかぎり、夜行列車内の乱雑さを捉えて、インドネシア文化には公徳心が欠如
しているという判断をするのは本当に適切なのだろうか?

インドネシア国鉄が表明した「公共設備を自分の物のように大切に扱え」という内容は、
fasilitas umum dianggap milik sendiriというインドネシア語で述べられた。milikとい
うインドネシア語は所有あるいは所有物を意味しているのだから、その表明は「公共設備
を私物だと見なす」という日本語訳になるだろう。インドネシア人の文化ビヘイビアの中
には「自分の物は大切にし、そうでない物は粗末に扱う」という原理が存在している、と
たいていの日本人はその言葉からひとつの帰結を導くはずだ。

milikという言葉の用法の中に、奇妙に思える現象がまた別に存在している。自分が所属
する組織や集団に対する忠誠心や愛着心を語る際に使われる「帰属意識」に対応するイン
ドネシア語のrasa memilikiがそれだ。日本語の帰属意識とは英語のsense of belongings
が翻訳されたもので、そこに漂う語感からは組織や集団が人間を包含し所有する方向性が
感じられるだろう。そこでは組織や集団が上位に置かれ、その下にいる構成員が上位にあ
るサブジェクトに尽くし貢献する暗意が示されている。[ 続く ]