「チェンテン(終)」(2026年02月28日)

ミドゥンの乗ったバスがバスウエーの停留所に入った。滑らかな停車だ。中背のその男は
他の乗客に混じってバスから降りる。雨季はまだ終わっていないというのに、ムッとする
暑さだ。

スディルマン通りを徒歩で渡りドゥクアタスの電車駅脇の階段を下って、ミドゥンはカリ
マランの岸に着いた。そこには仲間たちがすでに集まっていた。ミドゥンと同じ、社会福
祉障害者と呼ばれる者たちだ。たいていほとんどの者が屑拾いを生計手段にしている。だ
が、何かをしろと言って金を払う人間がいれば、ためらいなくそのオーダーを優先する。

その日、かれらは総選挙関連プロジェクトを検討するために集まった。いやいや、投票用
紙や投票箱あるいはコンピュータを用意するようなプロジェクトではない。そんな仕事は
大事業主のものだ。かれらはそんな仕事に関わらない。かれらが検討するのはチェンテン
仕事なのだ。つまり雇い主に危険が迫ったとき、身をもって雇い主を保護するのがチェン
テン仕事なのである。その時が至ればbeksiを構え、kelabang muterの技をひとつふたつ
繰り出さなければならない。

昔のブタウィではその社会構造の中でチェンテンが重要な役割を担っていた。華人やオラ
ンダ人金持ちあるいは地主たちの多くがチェンテンを雇った。ボディガードの他に安い土
地を探したり妾にする女を探してくるのも仕事の内だった。ミドゥンは言う。
「今のわれわれはそんなことをしない。雇い主が特別の用を果たすために人間をできるか
ぎりたくさん集めるのを手伝うのがわれわれの仕事だ。われわれは雇い主が指示した場所
へ行き、オーダーに従って怖い顔をしたり微笑んだり、喧嘩したりする。われわれはそれ
をする元手を既に持っている。われわれの中に見栄えのいい顔をしてる者なんかいない。
われわれの身体に触るのはせいぜい洗濯石鹸くらいのもんだ。元手はそれで十分すぎる。
誰がオーダーするのか、だって?金を払ってくれれば、それが誰だってかまわない。」


最初のオーダー主は政党のパルタイ カンビンだった。翌日、百人を超える屑拾いがカン
ビン党員の制服を着て集まった。カンビン党の推薦する大統領候補者が火事被災者に見舞
い品を渡す催しに、ニコニコと良い顔をして候補者の身辺を取り巻き保護するのがその日
の仕事。ミドゥンの関係者が即席麺カートン百個以上を被災者に配った。ミドゥンは仲間
たちに言う。「地顔を出すのはまだ早い。これは小手試しだ。」

テレビのライトが注がれ、新聞記者たちが最適位置を探してせかせかと動き回る。それが
終わってからチェンテンたちはその夜、祝賀会を開いた。ひとり2万ルピアの日当をもら
い、1万ルピアをポケットに入れ、残りを集めて橋の下で現を抜かす。ミドゥンの日当も
2万ルピアだったが、大統領候補者の私設チェンテンブサルがかれにボーナスを出した。

幹事役のミドゥンは集めた者たちの日当から上前をはねることをしなかった。国家の大祭
である総選挙のプロジェクトを初めて行った時から、かれのやり方はそうだった。この仕
事に資金は無用で知恵も無用。必要なのは恥の神経をちょっとだけ包めば済む。

しかしリスクは大きい。第一線の先端にいるチェンテンたちはあらゆるリスクに直面しな
ければならないのだ。大きなリスクに襲われたら身体はズタズタにされ、下手をすれば生
命に関わる。だがそれを心配してくれる人間がどこにいると言うのか。かれらの人生なん
て誰にとっても「知ったことじゃない」もののひとつ。

父親は屑拾いで、その息子も今や屑拾いで生きている。首都のスラム地区をあちこち移り
歩いて先祖代々からのゴミのように生き続けている。しかしかれらはこの世間を構成して
いる他の輪としっかりつながっている鎖の輪のひとつなのだ。かれらは必要とされるがゆ
えに存在し続けており、将来もいなくならず、それどころか増えていくだろう。というの
も都市開発の恩恵がかれらのところまで届かないからだ。

かれらが自分の暮らしを向上させようとしていないわけでは決してない。かれらはハード
ワーカーだ。暑熱と悪臭をものともしない。しかしかれらが行っていることは腐敗実業家
や腐敗政治家がほんの少し指を曲げるだけで莫大な量の札束を出現させる術に比べれば、
その足元にも及ばない。


明日かれらは政党パルタイ カダルのオーダーを受けて似たような仕事をする。デング熱
被災者に見舞い品を配る催しだ。この国に存在する腐敗チェーンの輪のひとつとしてかれ
らはその仕事を手に入れる。そのチェーンを無くすことなどかれらにできるわけがない。
かれらは腐敗の小さい分け前にあずかって金を得るだけだ。かれらがその現状を喜んでい
るわけでは決してない。仕方なく流されているだけなのである。

このあと、総選挙キャンペーンが始まり、チェンテン仕事の需要が猛然と高まる。政治エ
リートたちは自分で戦争することができない。現場指揮官を持たない司令官なんてまるで
お話にならないじゃないか。そして兵隊のいない現場指揮官なんて屁のようなものだ。ミ
ドゥンやかれの仲間たちがその兵隊なのだ。総選挙の時期になると兵隊が必要とされ、総
選挙が終わると忘れ去られる。

ミドゥンは自分たちが必要とされていることを知っている。地方政府予算内で社会援助金
を引き上げるための理由にかれらの存在が不可欠なのだから。その予算の一部が政治家の
行う貧困撲滅プロジェクトによって政治家自身のポケットに入るのは周知の事実だ。財産
と権力を保全するために誰もがチェンテンを必要としているのである。[ 完 ]