「労働蔑視(6)」(2026年03月06日)

インドネシアで労働日が他国より少ないのは、国民がそれを望んでいるからだと考えても
間違いにはなるまい。労働日が少ないのを好む民族心理というのはいったい何を意味して
いるのだろうか?

労働日を少なくするのは休日を増やしてやれば簡単にできることなのだ。名前はチュティ
ブルサマでも何でもいいから公的な休日を増やせば国民はhepiになって、行政が善政を行
っていると評価されて政権は安泰になり、国家秩序の乱れはミニマイズされる。こんな政
治トリックはどこの国でもできるというものでもなさそうだ。

ところでhepiとは何か?それは英語happyがインドネシア語化されたものだ。英語がイン
ドネシア語化されるとき、英語の[a]音はインドネシア人の耳に強母音[e]として聞こえる
らしい。だからhappyという音をインドネシア語正書法で音写すればhepiという綴りにな
るのである。

英語gangが日本語化したらギャングになったが、インドネシア語化すればgengゲンになる。
複数の思春期の若者がそれぞれオートバイに乗り、一団となって暴力行動を繰り広げる
motor gangsterはインドネシア語でgeng motorゲンモトルと呼ばれて恐れられている。

英語backが日本語化するとバックだが、インドネシア語化するとbekベッになる。XXに
はバッキングが付いていると言う場合、インドネシア語はbekingベキンになる。

rallyはreliになり、dandyはdendiになる。このようなインドネシア式表記がなされた外
来語は決してスラングではないので、誤解してはいけない。インドネシア人が奇妙な発音
の単語を述べた場合でも、それに対応する英単語を知っていれば全然おそるるに足らない
のである。


さて、インドネシア人は働くことを毛嫌いしているひとびとだと多くの国々での世評が物
語っている。しかしそんなことが本当にありうるのだろうか。インドネシア人にとっての
「はたらく」という言葉の意味はこうなっているのだ。

日本語の「はたらく」に該当するイ_ア語動詞はbekerjaであり、その語幹に使われてい
るkerjaという名詞を行なうという意味になっている。ではクルジャはKBBIにどのよ
うに説明されているのだろうか?主要部分を抜粋すると:
1 名詞 kegiatan melakukan sesuatu 何かを行なう活動、
 yang dilakukan (diperbuat) 行われる(為される)ものごと 
2 名詞 sesuatu yang dilakukan untuk mencari nafkah 生計を営むために行われるもの
ごと

人間の本源的な性質としか思えないクルジャを嫌うようでは、もう人間として生きていく
ことはできないだろう。ところが諸外国人はブクルジャをしたがらないのがインドネシア
人なのだと言っているのである。どうやら言葉の定義に行き違いがあるようだ。

日本人は「はたらく」という語をこう定義付けている。主要部分だけ抜粋すると:
1 仕事をする。労働する。特に、職業として、あるいは生計を維持するために、一定の
職に就く。
2 機能する。また、作用して結果が現れる。
3 精神などが活動する。
4 悪事をする。
6 動く。体を動かす。

内容的にはそれほどの違いがあるように見えないから、「インドネシア人ははたらきたが
らない = Orang Indonesia tidak suka bekerja.」という表現は言語論理上で真理真実を
表明していないという判断がくだされる可能性が高いようにわたしには思われる。だから
この命題に関しては、「はたらく = bekerja」という言葉による表現を使うのは世にある
実態へのアプローチを誤らせる結果になる危惧が感じられる。[ 続く ]